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2007/09/16

残暑残る秋の散歩一こま

Autam 気温30℃を超える日が続くこのごろである。敬老の日も近くなった。今日(9月13日)も炎天下をゆっくり老妻と散歩する。 道端の土手に桃色の綺麗な野花が咲いていた。名が解らないので野花でないかもしれない。

予報では明日も残暑のようだ 夕刻訪問のベルが鳴った。

私の喜寿「お祝い金」を仙台市(5千円)と町内会(3千円)を頂いた。ありがたいことである 残る人生のページが少なくなったことを意味していることでもある。世間様に迷惑かけないことを大切にしたい。健康で生き抜くこととおもう今日の散歩であった。

07913sanpo_2  秋の雲は天高く長引いて浮いていた。

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コメント

ススキのお写真が似合う頃ですのに、今年は残暑がいつまでも続きますねぇ~。
喜寿のお祝い金というのが仙台市と町内会からもあるのですね。

どうぞ、これからも健康に気をつけられて私たちのお手本となって下さいませ。

michikoさんコメントありがとうございます。
今度の水彩画も鑑賞させていただきました。画をお書きになる心境はそのときの心とリンクすると思っていますが 画が書けることは幸せです。

老いる心境をNHKで立川談志師匠の心の葛藤を取材していましたが 感動いたしました。老いを重ねる心境は修行でもあると。

 先日、テレビにて、おかしな話なのですが「伯母捨て」という能のひとコマを見ました。面から衣装まで真っ白で、動きもほとんどなくて、その印象が、冒頭の赤いバラそのものなのです。特にバラの周辺の味わいが、そんな感じなのです。
 終わって、演者の解説がありました。能のなかでも最高のものだそうで、難しいのだということです。表現は違ってますが、芯にある赤いものを、少ない動作で如何に表すかが見せどころというような話でした。
クオリアさんの一枚の写真は余すところなく、それを表現しており、見れば見るほどいい写真を撮られましたね。

わが心慰めかねつ更科や姨捨山に照る月をみて
「古今和歌集」
この当時の時代の人達にとって生きるための手段でもあったのですね いずれの時代も貧窮者も富みある者も死は必ず来る。そこに能と言うすばらしい藝術を生み出されたのでしょうか。
動物・は育児・完了時点できっぱりと子と別れ・植物は種を飛翔させて その種は着地したところがどんなに過酷な所でも芽を出して生きて行かねばならない力強さを持っているのですね 

写真を良く鑑賞いただき本当にありがとうございました。写真も撮影者の心に応えてくれるようです。昔から私は雲の動き形の自在に変化すのがすきで撮影を続けていますが 昨日のテレビ迷宮美術館である有名な写真家(外人)が裸体の写真で評価をうけたのですが友達から女性の姿態が美しいからに過ぎないと卑下され 写真が藝術であることを証明するために雲の写真集を発表して絶賛を博したことが出ていました。嬉しかったひと時でした。私もまたブログに掲載しようかともおもっています。 感謝

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