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2008/02/08

旧友が逝った

Tarrega,Francisco

晩年の私には電話が殆どこなくなった。今朝9時55分クラスメートのI・K君から電話が入った。受話器をとる。「おー久しぶり!誰が逝ったのか」I・K君「うん Y・H君が急逝した」Y・H君は3月に東京で会うことになっていた友である。

晩年の旧友からの電話用件はまことに簡潔である「逝ったか」「うん○○が逝った」で終わりである。
寿命年齢に到達しているから用件は天国に逝く話が多くなる。

しかし「お互いの心の思い」は電話が終わっても長く続くのである。これが人生なのだと我が心に言い聞かせてもY・H君の脳内映像は長く続くのである。

亡くなったY・H君は奥様が脳梗塞で倒れて数年も懸命に介護されていた。介護のため外出時間は2時間以内しか取れないと言っていた。

母校は新潟の浜浦にあった。砂山を一つ越えれば日本海である地平線に佐渡島が浮かぶ夕陽の美しいところであった。

Y・H君の死は太陽が地平線に沈む時の感じと同じだと思った。俺達も、もう近いのだと強く思う

4rimg2047

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心と体」カテゴリの記事

コメント

ご友人の訃報は身を削られる思いですよね。
本当に悲しくショックです。

毎年必ず頂いている方の賀状が来なかったりすると、大抵
その方の身の上に何か異変が起きている事が多く、ご病気の時が多いのです。

ごく最近、 友人が病気になり、自分の身を削がれる思いを
しております。
何のお力にもなれない事が又悲しく本当にショックで
2~3日は情緒不安定で過ごしていたところでした。

michikoさんコメントありがとうございました。
この地球に生きるものすべてがこの悲しみを乗り越えて生き抜くことが人生なのですね。

死の世界はどんなところでしょうか。

年齢を重ねると死は特別なものではなくなってきますね。高齢者になってみると、若い頃に感じていた感覚とは異なる死に対する感情が出てきまして、自然の摂理というような思いが強くなりました。
私らの年代では、20%近い方が逝っておりますが、これから、そんな電話が増えてくるのだろうと思っております。
静かな、いい音楽を聞かせていただきありがとうございました。

watari14さん 本当に歳を重ねるごとに身体も周辺のことも大きく変化してくるのが良く解りますね。

ありがとうございました。

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