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2008/03/25

生と死の葛藤

このような記事を書くこと・読むことは暗くて避けたいと思いながら書くことがなくなってきたからか・青壮年時代の楽しかったことを書いても現代の方々は目もくれないであろう。今はIT時代である。分らないことは検索機能を使いば直ちに答えがでる。ますます発展してゆくであろう。

TVゲームと同じアクションが現実に実行されて大きな衝撃となってるいるが次から次に発生しているので「またか」と思う時代である。命はなんなんだろうと思う。

生と死を高齢者の私がどのようにとらまえているのか書いてみたくなった。

生を活発に楽しみ謳歌している青壮年時代は死のことなど考える暇などなく生(仕事)に没頭していた。仕事が無くなりヒタヒタと押し寄せてくる死と言う世界を寿命年齢を超えてみてはじめて恐怖として知ることになった。死の世界を知ってる人は誰もいない。

周囲から親友も友人も逝ってしまうと、生と死への心の葛藤が大きく私の脳の中を駆け巡る。経験していない長生きをしてるいるために私を取り巻く新たな悩みの予測が多く襲ってくる。

その一つには妻にも子供にも世間さまにも迷惑をかけるボケにはなりたくない下の世話が出来なくなるまで生き延びたくない。時間があるからいろいろ予測し悩むのである。

高齢者夫婦自宅が火事・発生そこに住む老夫婦や 老親子の焼死体が発見された火災原因調査中と新聞・TV報道が非常に多い。介護に疲れ果てた末の殺人も多い。
苦しかったであろう 生の地獄を見てるようだ。

予測し悩む原因はやはり老化現象である。夜尿に目覚めるのも熟睡と言う快適な若いころのようにはいかなくなるからだろう。眠りが浅くなるといろいろの悩みごとが嵐の前触れの黒雲がもくもくと脳内を襲うのである。

佐江 衆一著「長きこの夜」に次のような一文が私の心に衝撃を与えた 

97歳の父の股間をむき出し、紙オムツの蒸れた悪臭に鼻をまげ顔を顰め、みじめな姿生き長らえる血のつながる男への悪相を浮かべながらも、あれあれおじいちゃん、こんなにもらしてしまって駄目じゃないかと孝行息子の猫なで声でいい、白髪まじりの陰毛と尿にまみれた萎び男根を指先につまんで裏返しては清拭し、新しい紙オムツをあてがいながら、いい加減に死んでくれよ、母のいる冥土へさっさと逝ってほしいと神仏に念じ、♪イツマデ続く泥濘ゾ と軍歌の一節を大声に歌うわけにいかないから力なくつぶやいておのれを鼓舞しながら、尿にまみれた紙オムツをほうり込んだビニール袋をさげて部屋をでるのだった。・・・・・・

高齢化に待っているのは必ず辛い人生終末劇を迎えねばならないと覚悟を決めておかねばならないと思う。

散歩ですれ違う杖を突きながらの老婆にむかって、頑張ってください 長い間ありがとうと心で呼びかけるこのごろである。自分にも言い聞かせているのかもしれない。

今日3月25日は4月下旬の天気だと報じていた。紺碧の空である。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

 謹んで拝読しました。あらためて父のことを考えました。ありがとうございました。

schmidtさん丁重に読んでいただきありがとうございました。niftyのメンテナンス時間と重なり。脱字の訂正もできず、お許しください。

昨夜、読ませていただいた時は「クオリアさん、暗い、暗い」と感じましたが、2度目の今日は前日ほどショックが少なかったです。

オムツの交換などをしていた後の10年ぐらいは、介護ショックもあり、老いの惨めさや大変さを感じて、老いの問題を考えると人生真っ暗でした。

今の高齢者は、自分のためにお金を使うことを節制し、よく働いてきました。子孫にお金を残すことより、介護保険で足らないサービスは、貯金を使い、快適さをお金で買い、老いに開き直って欲しいと思っています。辛い時代を本当によく生きてきましたもの。

ようこさん コメントありがとうございました。ようこさんは実際に介護を経験をされて「介護者」の心情がおわかりになるのは素晴らしいことだと思います。

<老いに開き直って欲しいと思っています。辛い時代を本当によく生きてきましたもの>

よい お言葉をいただき感謝いたします。

クオリアさま

先輩の行かれる道は私たちも必ず通る道です。

残り少ない人生を思うとき、自分の生の幕引きをいかにせんと
考えます。

なるべく苦しまないで周囲に迷惑をかけないでと願っています。でも願いどうりにはいかないかもしれません。
よく言われますがピンピンコロリがいいのですが・・・。

michikoさんコメントありがとうございまさした。 ピンピンコロリ そうですね人はみなそう願っていますが 

これだけは天命ですね
 
無差別殺人が世界中に起きていますがいつの世も困ったものですね。風林火山も見ましたが血のドラマ。

万葉の時代の「日本の四季」が素晴らしかったでしょうね 環境汚染もなかったから でもその時代の人は短命で庶民は歳をとれば姥捨山なるものが存在していたのですからやっぱり「生病老死」は人の道ですね だから人は詩を画を歌を楽しむのですね

心の時代がくることを願ってやみません 

”事件”を見るたびに、氷山の一角ということが心をかすめます。事件・事故になる寸前で留まっている例は、それこそ無数にあるんでしょうね。若者の心のこと。もうだんだんと何を言わんとするのかわかなくなってきました。
そしてここに書かれている高齢者の心のこと。クオリアさんの心情は、その年代の方々の最大公約数でもあるのでしょうね。そんなことが分かる年齢に近づいてきました。
「長きこの夜」衝撃の真実ですが、これを味わっておられる方もまた数え切れないくらいいるのでしょうね。まさに生きるというか生きている苦しみなのですね。何度も読み返しました。

warari14さん コメントありがとうございました。長きこの夜 を私も何度も読み 深く考えさせられました。この苦しみを通過するのが人生なのですね。

良いお言葉いただきありがとうございました。

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