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2008年4月

2008/04/30

燕の餌捕獲飛翔を水面で見た

今年も燕が飛来した。水面すれすれに餌を捕獲するための飛翔する流線形の燕の姿は最新鋭ジェット機より美しいと思った。今日は初夏の天気 燕の子育てが始った

懸命に生きる。すべてのものの姿は美しいものであると思った。

若葉・桜・鶯・燕の飛翔 春爛漫である。 明日から皐月を迎える。

2008/04/27

言葉

その一言が人を幸福にし不幸にもすると思う

現代はメールでの情報交換が主体であるためか真意がお互い伝わらず不幸な出来事があまりにも多い

初対面の人に会った時、言葉を相手の態度・眼光を見て言葉を聞けばその人がいつか親友になることさえある。またいろいろ教えられることも多いのである。昔から「人は皆 師なり」といったものだ。

よって言葉の力は非常に大きいものであるその言葉を聞いた相手が失望のあまり心に大きな打撃を受け悲劇になる場合もある。しかし言葉による損害を蒙っても法律はない。言葉は凶器にもなりうる。

あたりまえのことを書いてみたのだが現代はメールをあまりにも言葉代りに使われているのではないかと思う。絵文字まで盛んにつかわれるようになった 文字の言わんとすることを絵文字で補い言葉に近づけようとしてるのだと思う 若い人からメールを貰った 絵文字が大半で全く読み取れなかった。

言葉が通じなくなってきた現代である。「お待たせですが」・「おたえらに」・「空茶でごめんなさい」・「うちの宿六」「お蚕ぐるみ」「舌を巻く」等々はもう分らなくなった。

母から言われた言葉に「お天道様に申し訳ない」「罰が当たる」(これはよく言われた)

アスファルトの道路は、懐かしい童謡にも唄われた美しい里山をも消してしまった。

日本の風景とでもゆうべき言葉が消えてしまった。懐かしんでいる人々も寿命年齢に達しているから 言葉・里山・高齢者が消える、昔はすべて消える。

でも 、このことは「徒や疎かにしてはいけない」のではないか!とおもう後期高齢者である。

2008/04/25

若葉の誕生と小鳥囀り

あと6日すぎると五月を迎える。今日このごろの樹木の梢には新緑の誕生が見られる。実に初々しい薄緑が美しい、その樹林の中を小鳥たちはピイチクパーチク合唱を始めている。

小鳥達は新緑の誕生祝にピイチクパーチク歌っているのだな~と思ってしばらく聴き惚れた。
(eyeVioプレーヤを|>をクリック動画にしてピイチクパーチク合唱を聴きながら本文記事を読んでください)

私が青春の頃の少女たちを思い出す。それは!

少年のころの私が、忘れえぬ思いでがこの季節にあるのだ。

朝の登校時間になるころ 母が笑顔で私に声をかける

母;「ほら聴こえてきたわよ お迎えの歌が 早く用意しなさい」  

私;「うん すぐ行きます」

少女は4人である そして歌はメンデルスゾーン作曲 おおひばり の歌である。

合唱は遠くからだんだん近くなり私の家の玄関で最高潮に達する。

おおひ?さん お早う 迎えにきましたよ、と言う合図である。

おお ひばり 高くまた
軽く(かろく)なにをか うたう
天のめぐみ 地のさかえ
そをたたえて うたう
そをことほぎ うたう

なぜ おおひ ばりか というと、理由はわたくしの名が オオヒ?だからである

おおひばり たかくまた ←をクリックすると演奏されている
                     
URLにリンクさせていただきました。お聴きください。

 少女たちは私より4歳若いから今は74歳のおばあ~ちゃんになっておられるだろう みなさん新潟美人ぞろいであった。

今聴こえる小鳥たちの合唱を聴くと「迎えに来たわよと声をかけてくれた母」も おお ひばり の合唱と少女たちも、みんな美しかった 

この町名は松波町 砂浜を越えれば日本海と地平線に佐渡島が浮かぶ このころの季節は春のやさしい風が潮の香りをほのかに感じさせて流れ頬をかすめる。冬の猛吹雪が過ぎ去ればこそ春風のやさしさを感じさせてくれる。このさわやかな朝に「おおひばり」の可愛い少女四人の歌声は町内の人達も楽しみにしていたようだ。

この、わたくしのブログ心を少女達は見てくれているだろうか 幸せに生きておらることを信じてこの光景を思い見詰めていた。 今日と言う日はもう来ないさようなら

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だから私はメンデルゾーンの曲は好きになった。特にヴィオリン協奏曲 第一楽章が好きだ。

私の恩師である加藤邦弘先生著「美しいメロデイー」(URLリンク)プロローグ
下記引用部分)に私のこの曲が好きな理由がまことに見事に描かれている。

もっとも「おいしいメロディ」を聴く
  私はメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」が大好きです。映画「オーケストラの少女」でハイフェッツが弾いていた場面は忘れられませんね。この協奏曲の第1楽章の冒頭のメロディはじつに美しく、優雅で、かつ憂愁に満ちています。あのメロディを聴くと胸をかきむしられるような切なさを感じます。あれが私の考える「美しいメロディ」の1つの典型です。
  独奏ヴァイオリンが冒頭のメロディを演奏しているとき、オーケストラはごく控えめに伴奏しています。弦楽器がさざ波のような8分音符をきざみ、コントラバスが1,4のリズムで、私たちの心をどこかに向かってせき立てるように反響します。第1主題は、このオーケストラの波の上を滑るように、むせぶように流れてゆきます。
  このメロディは、この協奏曲の中のもっともおいしい部分です。このテーマさえ聴けばあとはどうでもよい、という人の気持ちが私にはよく分かります。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲にはまだまだ、おいしい部分がたくさんあります。

 たとえば第1楽章の第2主題も天上の音楽のように美しいもので、最初の穏やかな動機が少しずつ盛り上がって、ついには高いAの音に登りつめるまでのプロセスには、ほとんどエロチックなまでの生理的な快楽があります。これもまぎれもなく「美しいメロディ」です。
  第2楽章の主題も美しいものですが、私の好みでいくと最高に美しいメロディが第3楽章のなかばに出てきます。この部分は独奏ヴァイオリンの華やかで細かな動きを伴奏にしてチェロがメロディを歌う部分で、やや牧歌的な流れるような旋律が突然姿をあらわし、切なく盛り上がり、ふっと姿を消します(譜例1)。
  メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」が多くの人々に愛好され、不朽の古典の地位を占めているのは、このように人の魂に訴える美しいメロディを持っているからであり、いうなれば「おいしい部分」が全曲にわたって配置されているからではないかと思います。

 ところでメンデルスゾーンという作曲家をこの「ヴァイオリン協奏曲」によって知った初歩的な音楽ファンが、「メンデルスゾーンとは何とすばらしい作曲家なのだろう」「彼の作品はどれもこんなふうに美しいに違いない」と考えて、他の作品を聴いてみるとします。するとこの人は多少とも失望することになります。

・・・・と 

2008/04/18

春の声その2

春になると草花は一斉に芽を出し花を咲かせる。野にも山にも庭にも、みな個性のある色彩と香りを放ち小鳥・昆虫を誘い種を運んでもらう、また翁草のように春風の上昇気流を待って繊毛の先端に種を付けて飛翔する。草花の春は種の保存で忙しい 人はその美しさを愛でる。

2008/04/17

春の声その1

後期高齢者医療費が年金から天引きされてきた。春爛漫である花見は団地内でした。人ごみはないし静かである ここの桜も名所の桜も同じ桜 ここは静寂である鳥の囀りもみごとである「後期高齢者」は頭を使って倹約するしかないかボケ防止にも役に立つか今度は介護保険の値上げが来るだろうこの世はどこの国と思いたくなる。

2008/04/12

童謡 お母さんの詩に思う

西條八十・作詞 中山晋平・作曲

       お母さん

お母さん お母さん お母さんてば

 お母さん なんにも ごようは ないけれど

なんだか よびたい お母さん

・・・・・

この童謡は日本の大正・昭和のお母さんのイメージである。戦死した方々は「お母さん」と呼んで逝ったとゆう 

土井晩翠が生まれた仙台市は毎年小学生の詩を募る。

佳作となった作品に「おかさん」があるそのページをみてしまった。あまりにも悲しい もう

また暗い記事になってしまった。

今日も後期高齢者保険証を持って心電図検査に行ってきた。

心電波形を見て先生はニッコリ笑っていた。私は 母さん、もういいよ電源を切ってもと天を仰いで呼びかけた 天命にそのオン・オフの権限があるらしく鼓動は規則正しく動いていた。

今日は春日和 病院の帰り道 ゆっくりと歩いた  梅と桜が並んでた 仲良く花を咲かせ語り合っているようだ。美しい

二週間あまりで迎える 端午の節句 おかさんを作詞した幼い作詞者に鯉のぼりが天まで届けと祈る。

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