« 自分とはと考える日々 第1回 | トップページ | 自分とはと考える日々 第3回 »

2008/05/23

自分とはと考える日々 第2回

五木寛之著「林住期」幻冬舎 の本の帯紙に下記内容の文字に目をとめた

古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。学生期 家住期 そして「林住期」と「遊行期」。
林住期」とは、社会人としての務め終えたあと、すべての人が迎えるもっとも輝かしい「第3の人生」のことである。

これによれば私は「遊行期」にあたるが五木寛之氏の愛読者である私は購入した

私のブログ心タイトル自分とはと考える日々 第1回の記事が私の「林住期」にあたるがこの黄金時代を謳歌するための条件は健康であることそれと資金であろう。

遊行期に関する著書は発刊されていないようだが人生最終の「遊行期」は「死ぬことを考える」ことだそうである。
日本の武士の葉隠の思想「武士道とは死ぬことと見つけたり」と似ていると思った。

さて死ぬとき人それぞれに苦しい時を乗り越えなければ永遠の眠りにつくことはできないと思うようになってきた。

また閑がたくさんある時期ということから遊行という言葉になったのかと勝手に想像した。閑を有効に使うためには健康が第一なのだが加齢になるほどあちこちの身体の臓器がバランスよく動かなくなり閑を過ごすことが苦痛になるので相当に閑の使い方に工夫が必要となる。

心の苦痛も耐えなければならない。それは子供達も加齢が進み身体の不具合も訴えてくるようになる。また孫たちの心配ごとも出てくるのである。いじめ・進学・反抗期等々
現代は快適な暮らしのためのクーラー・全自動洗濯機・住宅関連の新機種が開発されている。その上情報機器の進歩はめざましい、子供たちはゲームに夢中になり外では遊ばなくなった。ゲームの内容は殆ど血が噴き出るような格闘の場面が多いと聞いた、携帯電話でのトラブルも多いのである。暮らしの道具がすべて機械化されてしまったので家庭内の会話がなくなり美しい日本の言葉がなくなった。男子の言葉と女子の言葉の区別が無くなった。

昔はお米を炊くときの歌みたいのがあり母から子に言葉でつたえられていった。
めし炊きははじめチョロチョロ中パッパ赤子泣くとも蓋とるな」 と!

電気釜にこのプログラムが入っていて美味い御飯が炊けるので、ご飯の炊き方など親から子に伝える言葉が消えてしまった。すべて現代は会話と言う人と人の心をつなぐ言葉がなくなったような気がする。

また各家はいつも鍵がしてあり警備会社と契約すれば常時監視の体制もできる。
昔は玄関は開けっぱなしで開放的で隣近所とお付き合いが常時監視に寄与していたのかも知れないと今にして思った。「自分も隣近所に何らかの形で役に立っていた」と思う。自分の存在価値があったのだ「生甲斐につながる」心が解放されている時代であった。日本の四季は、はっきりしていたので季節と対話ができていた。家庭に笑いがあったのである

暮らしやすいための機械化は人の心が閉鎖され言葉が無くなってしまうのだ。
例えばこんな具合である。我が家の浴室タイル床が劣化し漏水した。水は建物基礎を腐食させることになる事実基礎の木材に水が侵食していた。家は長女が継承することにしているので修繕方法等々は私は一切口出し、しないことにしている。
浴室が私より先に逝ったかと長年、浸かっていたお風呂とお別れである愛着があったので寂しさを感じた。新しい浴室が出来上がった。驚いた! ユニット式とかいう浴室も風呂も一体ものである色彩は風呂桶は薄いピンク色でベットと同じなので寝ながら湯に浸ることになる洋式なのだ。壁2面が薄い白に近い鼠色と鏡のある壁は薄いピンクである。両膝を両手に抱いて入る日本式でなくなった。

少年時代家向かいの小母さんの家のヒノキの銅縁の日本式のお風呂の重厚さを思い出していた。

また驚いた。お湯を沸かすのは一回だけスイッチを入れればいいのである。スイッチを入れたらチャイムがなって若い女性の声が流れた「お湯張りをします」7分くらいたった頃に「あと3分でお風呂に入れます」ときた。チャイムがなって「お風呂が沸きました」
長女曰く「年寄りは浴室での死亡が多いので冬は暖房をつけてね」「なに暖房?」天井に温風がでて室温調整もできる。乾燥室にもなるので露の日は便利だとゆう なるほどユニット式であればこそできるのである。私は散歩から帰宅すると汗びっしょりとなっているのですぐ風呂を沸かす。年寄臭防止のためにも、チャイムがなって「お風呂が沸きました」である。

これではまことに味気ない ロボットを相手にしていると同じである。言葉が少なくなるのは当たり前と実感した。

老妻はチャイムがなっても「お風呂わいていますよ」と・・私はほっとして「おお沸いたかい」
と言って長年の言葉を繰り返している幸せを味はっていた。薄いピンク色の浴室で「今日の自分を考えた」非常用の赤いボタンが目についた押せば家族とインターホンでつながる。このまま往生したい気分を考えていた。

現代の中で「自分とはと考える日々」の内容が複雑になり自分は何だろうと考えられなくなってきた。

自分も隣近所に何らかの形で役に立っていた」からこそ「自分とはと考える日々」を考え書けるのだと思った。
寝たきりになると介護・医療保険いわゆる人様の保険料と税金を使うことになるその防止方法は歩いて体力をつけることが基本と毎日実行している。台風襲来の日も雨具を付けて散歩しながら考えた。・・・・つづく

« 自分とはと考える日々 第1回 | トップページ | 自分とはと考える日々 第3回 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

現代社会の問題点をよく浮かび上がらせていただいております。科学の進歩によるロボット化はやむを得ないのでしょうが、最初は珍しいものの、味気ないものです。現在のゲームに夢中な子供はどんな大人になっていくのでしょうか。

その点が心配ですね 学校の登校・下校も監視人が付き添い 日本は無くなるのではないかと懸念します。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 自分とはと考える日々 第1回 | トップページ | 自分とはと考える日々 第3回 »

幼少の記憶

  • Michio_2

少年時代の記憶

  • Photo_2

次世代の人へ

  • Photo_2

風景写真アルバム

  • Tirusakura
    散歩中の風景写真

こんにちわ

  • Bn_pink3_b

最近のトラックバック

無料ブログはココログ