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2008/05/17

後期高齢者の安楽死法はないの

高齢者医療費削減のため、後期高齢者被保険者証が三月に届いた。姥捨山行きの通行証のように私には見えてきた。高度成長時期、私たちは無我夢中で働いた。ワークホーリックになった。休みの日に具合の悪くなる病気である。

この時期に働き抜き、生き抜いて来た人たちが今、後期高齢者被保険者証を有無を言わせず突きつけられたと言う感じである。

政府はこの言葉が批判されると「長寿」にしたらという。中身は同じである。あまりにも誠意のない突き放された思いがし75歳以上は死んでくださいと言う裏の声が聞こえてきた。
日本はこの5年間で自殺者が16万人も出ている状況であると言う。悲しいことである。悲しい祖国日本である。

医療の進歩はめざましく病院では患者はパソコンからの医療診断機器の計測デジタルデーターですべて決まる。
そこに経験豊かな医師の診断結果があったればこそ世界一の長寿国家日本になったと思う 

優秀な医師を大切にする制度が盛り込まれているのだろうか、そうでないと、なにか病院には人ではなくロボットがプログラムに従って扱われているようになるのではと思う

さて、この制度は死を待つしかない病気になると延命処置をするかどうか医師から家族が聞かれるらしい? 本人は尊厳死を希望するであろうが家族はその延命を望む方が多いのではないのだろうか、それが家族の絆なのである。

死を迎える時は苦しい時を超えないと死ねないと言われている。ピンピンコロリは宝くじにあたる確率並だと聞いたことがある。
安楽に死にたい気持ちになってきた。自死には大きな障害があるので安楽に08515死ねる制度はできないものかと考えてしまう。

後期高齢者保険証を見るたびに長生きすることは社会に申し訳ないと思うようになった。
人の世が冷たく感じた。私も冷たくしてる一人なのかも知れない。これも長寿のせいかもしれない。

今日も五月晴れ 午前中の散歩道で同年配と思われる老人とすれ違った お互い黙し目礼した あの老人も同じ思いをしての散歩でないかと思った。

人生、空白のページは今年平均寿命に到達する私からすれば"0"である、あとは天命に従うのみとなった。

生命時間を大切にしたいと願いを込めて五月晴れの紺碧の空を仰いだ。

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コメント

先頃、突然死された方の原因は歯槽膿漏の菌が脳にはいったからだった・・・とききました。
家族にはあっけなくて信じられないことだったでしょう。
でも ご本人は直前まで明日を信じて過ごされたので、お幸せだったのではないかしら?
もう一人の方からお聞きしたところによりますと入院と同時に過度と思えるような治療装置を付けさせられていたらしく、
家族の目には 日々悪くなる一方なのでその装置を外してもらったところ
日増しに元気になり一ヵ月後は退院されたそうです。
最新の医療機器や装置も信じこみ過ぎないなうにした方がいいのかもしれませんね。

michikoさんコメントありがとうございました。
歯槽膿漏も怖い話ですね でも羨ましい気もします。苦しまず天国に行けるのは幸せと思いました。

一方近代医療もやはり機械ですから医者の技術・経験が大切なのですね。

日本をはじめ、東洋(韓国・中国)では長寿者を敬うという、良い風習があったと思います。しかし、今や大変な時代に突入ですね。
町内を歩いてみても、お茶を飲んでいけと上げられて、お年寄り曰く「これをみると、生きているのが恥ずかしいようだ」というのです。
昔は宝とされていた方々ですが、どうもおかしいですね。

watari14さん そうですか みなさんすべて同じ思いをされているのですね お役人も人間なのに いつか自分も後期高齢者になり気がつくのでしょうか コメントありがとうございました。

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