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2008/05/27

自分とはと考える日々終わり

自分とはと考えるとき自分の生きてきた軌跡を何度も辿ってみた。自分の生きてきた流れに一緒に流れる人たちに自然と認められていると感じるときが心の癒しに、生きがいになっていると思う。また自分の思う気持ちを書き記したり、感動した場面を写真・ビデオで表現すること、また好きな作家の著書を読み・音読することが自分の存在を認めると感じ心が軽くなる。

ブログなどは格好のツールである。誰かが読んでいてくれているのが訪問カウンターを見ていると分かる。読んでくれているのか、ただタイトルだけ見て通過しているのかは分らないが、見てくれる人がいなくてもいいのである。自分の鬱積した気持ち、悩み、友との別れなどを書くことによって自分の存在が確認でき「生きる支え」につながるように思っているからだ。

なにもしないで時計とニラメッコして過ごすことが一番辛いことである。加齢するほど体調が悪くなるのでその対策は何か書いてみると辛さが軽くなる。また 一日一回は5分でもいいから外気に触れ新鮮な空気に接することでも効果はあると思った

四季の風の流れ、花々、樹木、雲 どこからとなく聞こえてくる音・音・音などを眺め聞きその変化を肌で感じる効果は、生と死の葛藤、とうの思いを書き記すのに無くてはならぬ情報であり心おだやかにしてくれるように思う。 

誤字 脱字 文章の構成 等々を気にしてはいない。自分の心をしるして書き連ねる文章だからドーデモいいのである。 あとから読んで見ると面白いことがおきる。
文章の表現を改訂したくなったり、辞書を調べてみたくなる。そうなったとき書き直すことも心の癒しにもなる。

書き記すことがドーシテ心の癒しになるかということは心理学的には解明されていないと聞いたことがある。お分かりの方に教えていただきたいといつも思っている。

芥川龍之介氏・川端康成氏・太宰治氏 等々の大文豪が自死しているのは自分には理解できないが、歳を重ね老人になれば脳の想像力は低下する、書き記すことが出来なくなるからだろうかとか、または人生充分堪能したからなのか、そんな幼稚な邪推をしてしまった。一読者としてはもっと生きて欲しいと残念でたまらない。

文豪の方々の文芸作品を読むと人生・人間・自然等々について、自分の脳内に映像として見ることができるような豊かな文章が書き記されていて教えられることばかりである。また自らの死を自覚して延命治療を拒んだ吉村昭氏著「死顔」を読み 生る!素晴らしさを私の心に刻み込まれた。

タイトル「自分とはと考える日々」はこれで 終わりとします。訪問していただいた方々にお礼申し上げます。

私が雲の撮影をはじめて5年にもなりますが私の心に感じた数枚の写真を下記にしるします。雲に関心のある方はごらんください。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

心に残る空の雲の写真を見せていただいてありがとうございます。
そういえば、運転していて前方に素敵な雲を見つけると、雲の好きなクオリアさんのことを思い出すことがありました。
それが、今回の写真でさらに固定化されてしまいました。


 「自分とはと考える日々」を読ませていただきました。ありがとうございました。両親が老齢期に差し掛かり、いろいろ難しいことが多くなってきました。

 わたしの両親はクオリアさんと同世代なので、クオリアさんの文章を読んでいるうちに、父親が話しているような感じになっていることがあります。教わることが多いのです。

>誤字 脱字 文章の構成 等々を気にしてはいない。自分の心をしるして書き連ねる文章だからドーデモいいのである。 あとから読んで見ると面白いことがおきる。文章の表現を改訂したくなったり、辞書を調べてみたくなる。そうなったとき書き直すことも心の癒しにもなる。

 シニアブログ(とわたしが勝手に呼んでいます)の極意ですね。多くのシニア世代に知ってもらいたいものです。いつかわたしの本業のブログ「Web日誌」で紹介できればいいなあと思います。

schmidtさん コメントありがとうございました。過分な言葉 痛み入ります。今日も天気がいいようです どのコースを歩こうかと考えています。個人シニアブログの寿命は短い分だけ命を感じています

ようこさん コメントありがとうございました 運転中に雲ばかり気に取られないでくださいよ。交通事故が多いですから
雲をみて思い出していただくことに心ブログから心から感謝いたします。

クオリアさんの人生の軌跡を拝見いたしました。現在の心境をそのままに文章に表すことは、意外に難しいんですね。あんまりこねてしまうと、かえってわからなくなるし、丁度よい表現をされていただいたと思います。

大文豪が自死されるのは、自分とは何かをあまりにも深く考えすぎるからなのでしょうか。芥川龍之介の「ぼんやりとした不安」などというのも、なんとも想像のつかないことです。

雲は千変万化、まさに自然の移り変わりそのものですね。一瞬これはという、すごいものを見ても数秒後には変わってしまう、自然の瞬間芸術なんですね。そこをよく写真に撮られました。いい雲ばかりを見せていただきました。

watiri41さん コメントありがとうございました。芥川龍之介の「ぼんやりとした不安」の気持ち、なんとなくわかるような気がいたしますが 文豪といわれても 俺に関係ないよ 自分だけの俺の文章だ と言いたいのでしょうか? 

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