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2008年7月

2008/07/31

夏季の野鳥囀りは強い

Sany0001 今日は梅雨らしくない天気に恵まれた。洗濯物を屋外に干して日課である散歩に出かけた。道路脇の草花も活き活きしている。

樹木からは夏を告げる野鳥の活発な囀りが強く響く 春の穏やかさとは違う 強い夏の太陽と比例して高音になると思った。明日から8月に入る。異常な夏季にならぬよう祈りながら汗を掻き掻きの散歩であった。

野鳥囀り縄張り宣言か?

この夏鳥の名はサンショウクイではないだろうか(フリー百科事典)で見ました

2008/07/28

級友が逝く逝く

男子平均寿命を到達した旧友が次々に逝くようになった。昨年から今年にかけて3人が逝った。この心境は言葉では表せないが社会から孤立して行く感は免れない。孤独と生きづらさを感じる。老人とは慢性のうつ病であると思う。高齢者の自殺者が自殺者全体の36.6%を占める。政府はこれに追い討ちをかけるように高齢者だけを切り離した後期高齢者医療制度を発足させた。私にも昨日医療保険料の決定通達がきた。高齢者の生きる希望を暗くする政策が次々と打ち出される。自動車運転免許証も70歳以上は特別講習料を自費でだして受けないと免許交付にならなくなった。自動車は運転しないことにした。行動範囲が狭まるのは必至である。

高齢者をターゲットにしたおかしな勧誘の電話が入る。迷惑電話対策機能の付いた電話機に変えた。必要でない経費が多くなった。

老人ホームでは老人を幼児扱いである「ハイ、運動しましょうね」・・これでは情けなさ感じない方がおかしい。一人で暮らして死にたいと思う老人が多くなったと聞く。さもあらん

老人の自死が増加するのは必至の日本社会条件が確立されている。

2008/07/27

おくま嘘歌を読む

今日も終日暗い梅雨に過ごすことになりそうだ。深沢七郎著「おくま嘘歌」の”おくまさん”の平和な心やすらかな優しい人柄を思いだし読んでみた。心が滅入ったとき読むと救われるのである。

嘘も誠の真実を語っておるのである。おくまさんは意識して嘘を言ってるのではないのだが読者は”おくまさん”の嘘の言葉に潜む優しい心根が深く深く感じるのである。

だから心が滅入ったとき読むと救われるのであるとおもう。

”おくまさん”の一生は人のために尽くして生きたとおもう。

最後の下りを記してみたい。

おくまは死ぬ時も嘘を言った。枕許で息子夫婦やサチ代が「よくなれし、よくなって」と泣いてくれるので、

「ああ、よくなるさよオ、よくなって、蕎麦ア拵えたり、サチ代のうちへも遊びに行くさ」

と言った。おくまは数えどしの72の秋死んだが体が動けなくしまったので自分では80にも、90にもなったと思っていた。

(おくま嘘歌 昭和37年新潮9月号掲載)

笛吹川地方手毬歌 「おくま嘘歌」の楽譜が掲載されていたが楽譜を読むことができない私は”おくまさん”がどんなふうに歌ったか知りたかった。

2008/07/26

ヒグラシ蝉の初音を聞く

梅雨のどんよりした夕暮れ、窓を開けてむかえの薄暗い丘林を眺めていた。どんよりした雲と湿りけをたっぷり含んだ空気で気温30℃に近い。6月7月と級友が二人逝ってしまったことを思い出させてくれる情景である。

そこにかすかにヒグラシ蝉の鳴き声が聴こえた。妻は私より聴覚が悪いので「聴こえないよ」と言った。蝉は地面から這い出して木を登ってるのだろう 2回目の鳴き声が私にはまた聴こえた少し大きな鳴き声になった。数分後今度は大きく聴こえた妻も「聴こえたよ」と言った

ヒグラシ蝉の鳴き声はなぜ「物悲しく美しくなくのだろう」と思いながら窓を閉めた。梅雨時にふさわしい鳴き声を今年も聴けたのは幸せである。

あと数日で8月に入る季節の移り変わりは速いと感じるこのごろである。

2008/07/04

こころ

若い頃読んだ夏目漱石著「こころ」を読み返してみて驚いた。生と死の葛藤を考える老人Bokasipmurasakituyukusa_2 になった私のこころに大きく響いた。それは人を信じることの大切さと老夫婦の心の心理を素晴らしい言葉に書き連ねられていた。現代となんら変わることが無かったのに感動した。
人を信じないと自分が一生 淋しみを背負って生きていかねばならなくなることを知った。
            ⇒紫つゆくさ 花言葉 淋しい思い⇒

青空文庫HPより

・・・・・「かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を>載せさせようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬をしりぞけたいと思うのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」
私はこういう覚悟をもっている先生に対して、いうべき言葉を知らなかった・・・・・・・

2008/07/01

空中を浮遊してみたい(思い出)

今日は七月一日 七月文月に入った。天気予報では雨曇りとなったいたが「予報は完全にはずれた」夏の天気となった。青空を見ていると空中をフワリフワリと滑空して見たいと思う。四年前の五月,宮崎に旅行に行ったとき,ハンググライダーが五月晴れの日南海岸上空を滑空していたことを思い出した。いいな~と見惚れていたらグングン近づいてきた。手を振ったら振り返してくれた。頭上に来て飴玉を投下してくれた。また上昇気流に乗り沖合いに滑空して行った。操縦手は30代と見えた。平和な世の素晴らしさを感じた。時間が静かに流れていた。

Guraida

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