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2008/12/04

春待月の小春日和に歩く

平成20年も”終わり月”に入った今日四日は絶好の春待月の名にふさわしい小春日和であった。紅葉樹の散歩みちを楽しんだ。世は平成の名にふさわしくない乱世であるが景色はおだやかであるので心を洗われた感がした。

昭和のみよに生まれ今日で七八年と十一日もの月日の流れをさかのぼり思いをはせながら歩いた。この流れを一緒に歩いた、たくさんの人たちに巡り合った。そして生きてきた。あの人たちは”どーしてる”だろうと梢を見上げた。枯れ葉はくるくる舞いながら落ち、枯れ葉道になっていた。乾燥した空気で水分のない枯れ葉はパリパリと靴底で割れる音がする。
春待月の名にふさわしい音だと思った。だからだろうか?冬が去れば春である。この春のことを「北窓開く」と呼ぶがいい言葉だとおもった。

こんな雑念を思い、暮らす、毎日である。

Bannsyu

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

そうですね。過ぎし日に何千人もの方々と、いろんなお話をし、テーブルについて、うまくいかなかったことや、無理なお願いをしたり、されたり、思い出すとキリがありません。どなたにでもそんな人生があったはずですね。
それらも、こんなきれいな紅葉を見ていると、美しさと、ひんやりした空気が通り抜け、瞬間今の自分しかないように思われるのですから、不思議なことです。
道元禅師は、今がすべて、すなわち全機元也などと言っておられることを思い出しましたが、意味するところは良くはわかりませんが、解説にはそこに灰があるのは、一般的には物が燃えて灰になったということになるが、そういう経歴は問題ではなく、今現実にそこに灰があることのみを注目すべきだというのです。ややこしい話になってしまいました。
一人の老人がそこにいる。現機元也ということになりますが、時間軸を無視した千年前の哲学なんですね。現代風にいえば、今を大切にということになるでしょうか。長くなってしまいました。

watari41さん ありがたいお言葉ありがとうございました。

「今を大切にすること」の意味が深く自覚できる年齢になりました。

みごとな紅葉の写真を写すことができましたね。

>枯れ葉はくるくる舞いながら落ち、枯れ葉道になっていた。乾燥した空気で水分のない枯れ葉はパリパリと靴底で割れる音がする。

私も6日の午前中、30分の散歩をしました。クオリアさんが、書かれたとおりの情景の中を歩いてきました。
空も雲もやさしい色をしていました。

ようこさんもこの春待月の小春日和を堪能されていましたか。

とても春待月の言葉とおりの日和でしたね コメントありがとうございました。

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