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2009年5月

2009/05/26

入院した友の回復を祈る

友の見舞いに行かねばならない。そして逢いたいと思う気持ちが大きくなってきた。電話でのさよなら さよならが耳から離れない。

春の終わりの強い日差しを背にしながらうつむき歩いた。故郷はバスで4時間かかるが行きたい念が強くなる。薔薇の咲いてる公園のベンチに座りどーしてよいか考えこんでしまった。

友はどうゆう状態だろう おそらく抗癌薬の副作用や激痛に耐えているのかも知れない。あの電話での言ったこともない「さよなら」の言葉の意味は深いと感じた。

そのとき脳裏に浮かんできたのは吉村 昭著 「死顔」(新潮社)の次の文章である

・・・末期患者であった頃の記憶が胸に焼きつき、見舞いに訪れてきた人に元気をよそっていた自分の姿がよみがえる。虚勢をはり、それ故にその後の甚だしい苦しみが思い起こされる。
このような経験は、重病人に共通したものではないか、という思いから、その後、死の確定し病臥している人の見舞いに行くことはひたすら避けている。それに、病み衰えた人の顔、体を眼にするのは失礼だという気持ちもある。・・・・

私は大腸手術2回3カ月の入院をした経験から思い出すことは、お見舞い者は来ないで欲しいと願ったものだ。幸いにも病院内で現役の頃私が尊敬したただ一人の上司と巡り合った。不思議を感じた。

上司が私に言ってくれた言葉は「安心しなさい誰にも言わないからゆっくり養生しなさい」と痩せ衰えた私の顔をみて言った。「お前を酷使したのかもしれない私のせいかもしれないな!」

私は「いいえ いいえ」としか言いようがなかった。

私は嬉しかった重病になってるときのお見舞い客ほど迷惑なものはないのである。健常者のお見舞者は笑みも深めて世間話を数人で声高らかに話し合うのを見聞きしていた。不快きまわりない光景である。

友TM君の電話の「さよなら さよなら」の意味はよくわかったような気がした。私は椅子から立ち、遠い故郷の方向に向かって合掌した。私も旅たちの日は近いから 逢おうなと低い声を出してつぶやいたていた。

太陽は夕刻の光を見せていた。ピンクの薔薇が映えていた。
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                                                                                    Pink1

                          

2009/05/25

親友から「旅たち」の電話

今日は5月24日気温23℃ 公園のバラも最盛期後半になってきた。撮影のために出かける寸前に固定電話着信音が鳴った。靴を脱いで急ぎ私は受話器を取った。

私の名を告げたが、かすれ声で聞き取れない 私は再度名を告げた。ひどく落ち込んだかすれ声でTMです。「どーしたの」 「肝臓ガンで入院することになった。財産整理をしていたがどうしても元気がでない 君の声を聞くといつも元気がでるから」とかすれた低い声で言った。 私は答える言葉を探していたが「え~」「え~」 としか言えなかった。

お酒は飲めないのに肝臓が悪いのだと重ねて言っていた。

TM君は「電話またするよ さよなら さよなら」

いつもの電話では「ではまたね」で受話器を置いた。今日は「さよなら」である。ちょっと待って、といいかけたが受話器は切れた。もう覚悟はできているのだろう

TM君は私の故郷新潟で町内も同じであった。幼少のころからの友であり腕白であった私に愛着を持って付き合ってくれた。MT君のお母さん お婆ちゃんも私を可愛がってくれた。一生忘れえぬ方々である。

歳月は流れMT君は私と同い年の79歳となっていた。奥さんは8年前に死別され一人暮らしで元気に暮らしていた。2か月一回は電話で昔話をしていた。

話の内容は金太郎飴のごとく同じである。

昨年あたりから肝臓が悪いので専門病院に通院するようになった。と言っていた。そして気弱なことをゆうようになってきた「夕方暗くなってから帰宅すると自宅の電灯がついていないので寂しい」裏日本は春夏の季節だけは空は明るいが秋冬はどんよりした灰色につつまれる裏日本特有の憂鬱な気候となり気が落ち込んでいるときはこの灰色のどんよりした風景は憂鬱の追い打ちをかけてくるようだった。

受話器を置いて公園の薔薇を撮影にでかけたが気が落ち込んでいる。薔薇ももうすぐ枯れ茶色になって地面に落ちる。人生も同じだと思った。元気で活発に遊んでた時があったのだ今撮影しようとしてる薔薇のように輝いていたではないか 私の旅たちも必ずくる。すべての人にも同じようにくる。気を取り直しTM君に薔薇を贈ると念じながら撮影した。

TM君には白薔薇が似合うとおもった。

Sirobara

2009/05/24

高齢者ブログの迷惑コメントに思う

世界保健機関(WHO)が発表した2009年版の世界保健統計によると、07年時点の日本の平均寿命は女性は86歳、男性は79歳であるとゆう 寝たきりの方も入っている統計だと思う。

また日本男性の肥満型・太り気味型・標準型・痩せ型の平均寿命を研究しているある大学の先生がテレビで紹介されていた。

「痩せ型」が寿命75歳で最低で「太り気味型」が長寿であるとあった肥満型は痩せより長寿のようだ。私は超痩せ型であり78歳6カ月で生きている。この世の激変を思うともうたくさんだと思うようになってきた。

毎日することは無念無想の散歩と季節に咲く野花をデジカメで撮影しているうちに日が暮れる。

帰宅後ブログの記事を書くのと新聞を読むこと、本は藤沢周平さん山本周五郎さんの著書が好きなので声を出して読む。同じ小説を何度も読む。歳を重ねるごとに著者の言わんとしていることの新たな発見があるので楽しい。死期が近くなってくると読んでる文と共鳴するときがあるからだろうと思う。

ブログの記事を訪問していただく方々またコメントをいただく方々には心から感謝しています。このことは、ただひとつの外部の人々との繋がりができている。という大きな喜びになるからです。

しかし迷惑コメントが入るようになってきた。可能な迷惑コメント対策を設定した。非常に残念なことである。この設定をすることでコメントする方まで書き込みに手数をおかけしてしまう

どうしてこのよな行動をするのか昭和初期の生まれの私には理解ができない。非常に残念である。高齢者はブログなどやるな!といわれているようにも思う

私にとっては少年時代の友とのメールのやり取りが大きな生き甲斐なのだが多くの友が「旅たち」いなくなっている。私のブログを見て楽しみにしている幼年のころの友もいる。一時は迷惑コメントに嫌気をさしてブログをやめようと思ったこともある。

しかしITはますます高度化して重要な必需品となるだろう。対策設定も高度化してきた。これを活用して「ブログ心」を書き続けて行くことにした。アクセスカウンターも5万の大台に近づいてきたのだから こうしているうちにも時はながれる。歳月人を待たず。

2009/05/21

高齢者と新聞

情報技術がますます高度化している。ある銀行では社員を減らし窓口は受付だけである。通帳はなくキャッシュカードだけである。定期預金を下すとする場合はパソコンを使って自分で操作をしキャッシュカードに入金してATMから引き出す。または電話での対応も可能だが相手は電子音声であるその指示に従った暗証番号・口座番号の数字を電話機の対応数字を押すとようやくオペレーターがでて定期解約の指示を出せるのである。おれおれ詐欺は防げるがパソコンを操作をできる高齢のかたであればスムーズにできようが。

耳の遠くなった老妻に電話操作による解約操作をしてもらった「わたしが年の順から行けば旅たちが早いから」である。やはり操作はできなかった。「信号音が鳴っている間に口座番号と暗証番号を入力しなければならない」これはあいてが電子音であるので聞き取りにくいのである。日常会話でも聞き返される高齢者には不向きである。
パソコンITプロバイダーのヘルプ窓口の電話対応と同じであるオペレーターがでるまで電子音声である。

新聞も電子化されてしまうのが私は怖いのである。老妻は新聞を老眼鏡をかけ幸福そうに新聞を両手で広げ隅から隅までゆっくり読んでいる。日に何度も見るのである。至福の時間がゆっくりと流れているように見える。子育てをとうに終わり残りの時間をたのしむのが新聞なのである。印刷活字は大きくよみやすなってきた。必要な記事は切り取りできる。

これが電子音でパソコンで配信されたらどうだろう 至福の時は吹き飛んでしまう

団塊の世代がすでに高齢者になだれ込んできた。このかたがたが長寿高齢者になると必ず難聴や目のかすみ等々が出た時始めて気がつくであろう。アナログの良さをである。

新聞は無くならない、むしろ拡大してゆくと私は思うし無くしてはならない真実を伝えるために必要なのである。経済優先の\\\方式はすでに地球環境までも崩壊しつつある。

2009/05/19

ゴンドラの唄

目を覚ます。まだ午前3時か、まだ生きていたかとおもうこの頃である。 

TV映像には新型インフレインザや環境汚染で海水面がどんどん上昇してサンゴ礁の島が全滅すること必至だと報道されていた。日本の個人の方が対策としてマングローブの苗を必至で植えている映像を見て頭をたれた。国レベルでの対策はないのである。

10センチ以上の水面上昇も出ているのではないかとされていると報じられていた。水面上昇はこの海水温の上昇の結果である、大気温の熱を、海が蓄えた結果だとゆう
海は人間活動で吐き出された大気中の二酸化炭素の1/4を吸収し海の表面温度が高くなると、その分海面の二酸化炭素の吸収能力が低下し、結果的に温暖化を食い止める機能が弱くなる悪循環が始まっているというのだ 怖い

エコエコと掛け声だけで対策は何もない。新型インフレと同じでワクチンはないので手洗いとマスクである。

海水温が上昇すれば気象異常が発生しハリケーンが多発。また農作物も不作が続く人間は地球をここまで破壊してきた。地球人は大きな病にかかっている

人の生老病死と同じなのだと思って天井を見つめていた。ゴンドラの唄をハモッテイタ 黒澤明監督「生きる」の名場面「志村喬が演じる渡辺課長は胃がんを宣告され余命いくばくもないと知ったときの死との葛藤と残りの日々をどう生きるのか 町民からの要望であった児童公園の建設をやりとげ夜更けの公園のブランコにゆられて唄う一つ覚えの「ゴンドラの唄」の美しさは忘れられない。

地球人が破滅する今なにかをしなければいけないのではないだろうかエコエコ踊りでなく実行のときである。だが寿命余命いくばくも無くなった私は「ゴンドラの唄」を唄い「明日の月日のないものを」と締めくくった。

パソコンのセキュリテイソフトからウィルスがでました。ワクチンソフト?をダウンロードしてください。とメールが入った。ウイルスはすべて後手後手の対策だパソコンも。

2009/05/17

残る桜

Tirusakura_3 [散る桜 残る桜も 散る桜」。良寛和尚の辞世の句といわれている。和尚の人生観・死生観をしのびながらゆっくり歩いた。

今日この頃の残る桜のことをうたったと思う。そぼ降る春雨の中 散歩しながら残る桜が愛おしく思えた。

つつじは満開の時を迎え咲き誇っているしかし散るときがくる 散る桜と満開のつつじを楽しんだ。

Tutuji_3

2009/05/10

野バラ

ゲーテの♪野ばら♪といえば、シューベルトとウエルナーの2曲だけかと思ったら150曲以上あると聞いたことがる。

ゲーテの詩に共鳴し感動し作曲される方が多いということだろう 

童は見たり、野なかの薔薇。

清らに咲ける、その色愛でつ、

飽かずながむ。紅にほふ、野なかの薔薇

薔薇の花は若者の愛を表徴すると云う。少年のころ近所の家の庭に薔薇が多品種植えられていた。その家に可愛いお嬢さんが居た。母がその家の奥さまと友達だったので薔薇の季節になると母は私の手を引いて連れて行った。「おとなくしていなさいよ」といつも云われる。

その家が近付くにつれて薔薇の香りが付近の空気を染める。なんと甘い高貴な香りがすると歳を重ねた今になってこの言葉がでてきた。

ゲーテの詩を読むと作曲したくなるのもわかる気がする。朗読でもよいと思った。

長野県松本市では「野ばら」の作曲コンクールを行っていると聞いたことがある。この詩はすべての人に共感と感動を与えているからだろう

童は折りぬ、野なかの薔薇。

折られてあはれ、清らの色香、

永久にあせぬ。紅にほふ、野なかの薔薇。

野ばらは山菜とりの方々には迷惑な存在である鋭い棘があるからだ 「山の自然を荒らすな」という野ばらからのメッセージなのかも知れない。

薔薇の季節も近くなってきた。

2009/05/05

こころを癒す若葉色

美しい緑の葉を春の光が透過するWakaba

わたしのからだが緑に染まる

こころも緑に染まる

木々の息吹きの香りに癒される

 

2009/05/01

青葉の笛

今日は五月一日 歳月人を待たず の例えの如く歳月は渓流の如く流れ去る。

昭和三年以前に生まれの人には懐かしい尋常小学校四年唱歌で習った歌の一つに「青葉の笛」という唱歌がある。大正生まれの姉は良くこの歌を口ずさんでいたので私の頭の中に刻み込まれている。哀調に満ちた名曲だと思う。

青葉の季節になると思いだす歌である。

源義経の奇襲で事実上、平家が負けた。一の谷の戦である海へと敗走する平家勢を追討した熊谷次郎直実が、波打ち際で馬に乗った敵将を組伏せて首を刎ねようとその顔をみたわが子と同じころの美少年だった。少年は腰に笛を差していた。昨夜敵陣から聞こえていた美しい管弦の調べは、こ人たちが奏でていたのである。しかし首を刎ねねばならぬ運命にあった熊谷次郎直実は泣く泣く首を刎ねた。
熊谷次郎直実はその後出家をし弔ったということだった。戦争とはいつの世も悲劇である

少年のころ姉から聞いていた物語を綴ってみた。その悲劇をうたった歌詞が

一の谷の 戦(いくさ)破れ 討たれし平家の 公達あわれ

暁寒き 須磨の嵐に 聞こえしはこれか 青葉の笛 

曲はIE検索「青葉の笛」で聞くことができた。わたくしもハモッテみた五月一日であった。

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