入院した友の回復を祈る
友の見舞いに行かねばならない。そして逢いたいと思う気持ちが大きくなってきた。電話でのさよなら さよならが耳から離れない。
春の終わりの強い日差しを背にしながらうつむき歩いた。故郷はバスで4時間かかるが行きたい念が強くなる。薔薇の咲いてる公園のベンチに座りどーしてよいか考えこんでしまった。
友はどうゆう状態だろう おそらく抗癌薬の副作用や激痛に耐えているのかも知れない。あの電話での言ったこともない「さよなら」の言葉の意味は深いと感じた。
そのとき脳裏に浮かんできたのは吉村 昭著 「死顔」(新潮社)の次の文章である
・・・末期患者であった頃の記憶が胸に焼きつき、見舞いに訪れてきた人に元気をよそっていた自分の姿がよみがえる。虚勢をはり、それ故にその後の甚だしい苦しみが思い起こされる。
このような経験は、重病人に共通したものではないか、という思いから、その後、死の確定し病臥している人の見舞いに行くことはひたすら避けている。それに、病み衰えた人の顔、体を眼にするのは失礼だという気持ちもある。・・・・
私は大腸手術2回3カ月の入院をした経験から思い出すことは、お見舞い者は来ないで欲しいと願ったものだ。幸いにも病院内で現役の頃私が尊敬したただ一人の上司と巡り合った。不思議を感じた。
上司が私に言ってくれた言葉は「安心しなさい誰にも言わないからゆっくり養生しなさい」と痩せ衰えた私の顔をみて言った。「お前を酷使したのかもしれない私のせいかもしれないな!」
私は「いいえ いいえ」としか言いようがなかった。
私は嬉しかった重病になってるときのお見舞い客ほど迷惑なものはないのである。健常者のお見舞者は笑みも深めて世間話を数人で声高らかに話し合うのを見聞きしていた。不快きまわりない光景である。
友TM君の電話の「さよなら さよなら」の意味はよくわかったような気がした。私は椅子から立ち、遠い故郷の方向に向かって合掌した。私も旅たちの日は近いから 逢おうなと低い声を出してつぶやいたていた。
太陽は夕刻の光を見せていた。ピンクの薔薇が映えていた。
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[散る桜 残る桜も 散る桜」。良寛和尚の辞世の句といわれている。和尚の人生観・死生観をしのびながらゆっくり歩いた。

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