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2009年7月

2009/07/27

道草

道草
大暑が過ぎても梅雨が明けない。九州・中国地区には豪雨が続く、被害に遭われた方々頑張ってください。犠牲になられた方々の冥福を祈ります。仙台は高温多湿の日が続いていますが雨量が多くないので雨具をつけて老体に鞭打って徒歩にでかけました。道端の雑草は伸び放題で威勢がいい、その生命力に打たれます。刈られても刈られても高温多湿が加勢しているのか綺麗な花を咲かせます。土の中の根の力ははかり知れないほど強い、アスファルトも突き破り地上に這い出てきて花をつけ実をつけ種の保存に懸命です。雑草の名前はわかりませんが撮影し帰宅したら庭先に20年前に植えた桔梗が迎えてくれました。九州・中国地方の豪雨が早く上がるように願った今日27日の散歩でした。

2009/07/20

海の日に鶯の囀りを聴く

仙台はまだ梅雨明け宣言が出ない。今日は海の日(7月20日)に相応しい天気 晴れ 気温29℃になった。国見峠を散策した。樹木から鶯の囀りを聴いた。春の囀りより違うのがわかった。(ビデオ後半に収録)今年も夏本番がちかくなった。

鶯の囀りを聴きながら小休止しながら思い出した。平安時代に疫病が大流行しこれを鎮めるために祇園御霊会が始まったという。
現代の疫病は新型インフレインザであろう。
人間を攻撃してきた。眼には見えないので怖い。ウイルスを発射する鉄砲は人間の吐く息である。ウイルス丸は新型を製造しながらの作戦である。平成の疫病である。
鶯のこの季節の囀りは警鐘のように聴こえた。
私の生きてきた79年間に遭遇し死線をさまよった疫病は「ジフテリア」「赤痢」であった。「生きる」のは容易ではない。なるがままにしかならないと思いば心軽やかになるそこに微笑みが生まれる。と鶯の囀りを聴きながらおもった。海の日

2009/07/14

梅雨にかすむ見事な百合

梅雨があけぬな~草花がしっとり露を含んでさいている。梅雨がまだあがらないうちに文月もなか頃をむかえた今日十四日午後散歩に出た。

いつもなにかしら私の脳に浮かんでくる事象は印象深い本を読んだ時である。

「ニュートリノ入門」「超ひも理論と影の世界」ほか3冊を纏めて購入してよんでいるので今日の思いは人の世から認められていた知識である常識は現代物理学はじめ生物学等々の進歩で打ち破られてゆくようだ・・・「君そんなことは常識だよ」と言われない世になったな~と考えて歩いていた。

国見峠の方面で、それはそれは美しい百合に出会えた。花色をなんと表現したらよいのかわからないくらい 美しい姿と色合いであった。

Yuri2

2009/07/12

高齢者と時間と宇宙

時間を大切にし有意義に使おうと思いながら70代の最後の道程を生きています。時間を有意義に使えるのは気力・体力があってのときは時間を意識しないですごして行けました。

知人の85歳の方のお話では同級会が開催されなくなった。みんな体調が悪くなって逝く友も多くなったからです。

人生「生老病死」の言葉どおりとおもいました。

さて「死」とはなんぞやとの問にたいする答えはないから恐怖がでる。悟りを得ることにあると言われていますが仏教的ではなく科学・物理的に死の世界がわかれば分かれば恐怖もなくなるのではと変な考えを思うのです。

時間の流れを気にすることをいくらかでも癒してくれるのは宇宙を感ずるときです。四季折々の空や風景や美しい花々その四季の時の流れがそうです。

日本の物理学・実験は世界一(現在は!)物理学者;戸塚洋二先生はニュートリノに質量があると発表され実験で証明する前にがんで死亡されました。本当に残念なことでしたが実験グループが成功させたという

世界の定説をくつがえす報道と「ホームページ大学共同利用機関法人(KEK)」に丁寧なわかりやすい記事をよみました。

加速膨張中の宇宙も新しい理論が誕生してくることでしょうが 地球も何時かは消滅すると思うとなにか人も宇宙も同じような気がしてきます。

宇宙を含めて万物にはすべて初めがあり、そして終わりがある。寿命を持っている

今日は梅雨日和 こんなことを考えながらも体調を気にして終わりました。

夕御飯も近い時間 6時15分

2009/07/02

文月に思う

あじさいが美しい色彩を放つころである。梅雨の風物詩でもある。色が変わってくることから「七変化」ともよばれているAjisai

今日は七月二日、いつのまにか七夕の月を迎えた。七月七日の夜、天の川を隔てて牽牛星が織女星に会う。これを助けるため(かささぎ)が集まって鵲の重ね橋となり織女が渡るということを幼少のころ亡き母から聞いた そして夜空を見上げたものである。

梅雨が明ければ夏である。海水浴のできる日も近いと待ちどうしくてしかたがなかったことを思い出す。時間がゆっくり流れていると感じた。幼少のときの時計は時間が長いのである。

近松門左衛門 作 人形浄瑠璃 「曽根崎心中」に鵲の橋が謡われている。

朗読教室に行ってた頃、先生にこの「道行」の詠を習った。暗唱できるようになった。とても深い思い出になった。

日本の文化芸術は素晴らしい。日本語の素晴らしさが文化芸術の基本にあったと私は信じる。

詠えの中の「寂滅為楽」とは何のことか私はわかりませんでした。調べてみたら

「生死を超越し、煩悩から解放されて初めて、真の安楽が得られるということ。」

現代では」このような四字熟語など消えて行くのでしょう。政治の世界も「マニフェストmanifesto」と英語熟語になってきました。アメリカと共生しなければ存続できなくなったニッポン 日本の文化芸術は無くなってしまうのだろうかと文月に思う

道行

此の世も名残り夜も名残 死に行く身を 譬ふれば。あだしが原の道の霜。

一足づゝに消えて行く。夢の夢こそ あはれなれ。

あれ数ふれば暁の。

七つの時が六つなりて残る一つが今生の。

鐘の響きの聞き納め寂滅為楽と響くなり。

草も木も空もなごりと見上ぐれば。

心なき水のおと北斗はさえて影うつる星の

妹背の天の河。

梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも。

我とそなた女夫星 必ず添ふと縋り寄り。

二人が中に降る涙 川の水嵩もまさるべし。

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