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2009/10/31

生きているうちは達者でいたい

人生70年の道程が終り80年のはじめが霞んで見えてきた・・不思議な思いになってきた。それはこの世が夢のように見えるような感覚におそわれるのである。
深沢七郎著「おくま嘘歌」の書き出しの文章が私の脳に鮮明に刻み込まれていているせいかもしれない。

おくまは今年63で、数えとしなら64だが、「いくつになりやすか?」と聞かれると、「そろそろ、70に手が届きアす」と言って、数え年では66にも、67にもなるように思い込んでいた。(それだけんど、まだまだ、そんなに、)と腹のなかでは言っているのだった。
毎年毎年としの数がふえるのは悪事の数が重なるように恐ろしく、「いっそくとびに80になりゃいいけんど」とグチをこぼすように言ったりして「生きているうちは達者でうごいていたい」というつもりで言ってるのだった。・・・

戦時中は食糧がなくなり、おおきな飢餓に襲われた思いは言語に絶する!
飽食の時代になり「もったいない」の言葉が消えてしまった。
家庭団欒の食事はなくなり日本食が消えつつある。

振り返れば夢のようなおもいである。

10月31日は気温14℃まで急降下して初冬の風景が見えてきた。生きているうちは達者でうごいていたいとトボトボ歩きながら思った。

国見峠の踏切を電車が乗客のいろいろな思いを乗せて、はしっていった。人生の道程を走るように

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 ぜひぜひお達者で。わたしのような入門間近の者がお背中を拝見しつつ、歩いています。

 わたしの83歳になる父が「今まではいつお迎えが来てもいいと思っていたが、最近はこれからの時間が、いたましく(大切に、いとしく)思えるようになってきた」と言ってました。わたしにではなく、かみさんに話しているのを、小耳にはさんだのです。

<いたましく(大切に、いとしく)思えるようになってきた」と言ってました。>

好い言葉ですね 今日も午後4時近くになりました。好物のイチジクをいただきながらの時を過ごしました。

コメントありがとうございました

軽快にはしる、各駅停車の電車は人生そのもののような気がします。常磐線は仙台から上野まで100駅近くあったと思います。お前の歳の駅まできたとか、その昔鈍行で上野に向かう時、そんなことを言われた気がしてます。ボケないように頑張りたいものです。

クオリアさん
里の秋になりましたね。
落ち葉を踏みながら歩くのは詩人になれるような気がします。

ホント!!人生は終わり近くになるといろんなことも解ってきて本当はどのように生きればよかったか?も解るような気がします。
でも思いどうりにいかないのが人生なのかもしれませんね。

watari41 さん コメントありがとうございました。

汽車が走っていたころは特に人生の流れを思います。
秋の夕刻の列車から見える田園風景は特に感じました。
ポツンと一軒家の窓の明かりが見えるときは旅愁を感じますね 機関車の音も汽笛もすべてを風景のなかに溶け込んでいました。

ボケずに逝きたいものですね 脳は確実に委縮してゆきますからこの程度をいかに遅くするかしか対策はありませんけどね

michikoさん コメントありがとうございました。

<ホント!!人生は終わり近くになるといろんなことも解ってきて本当はどのように生きればよかったか?も解るような気がします>
ホントホントそうですね いろいろ懺悔することが私には多く人生やり直したいと思うこのごろです。

「晩秋の踏み切り」仙山線を走る電車や踏切は、もう何年も見ていません。なんだかとても懐かしい風景でした。

>不思議な思いになってきた。それはこの世が夢のように見えるような感覚におそわれるのである。

そうなんですか、小説を読みながら寝てしまい、ノンレム睡眠時に見た夢のような感じですね。

ようこさん コメントありがとうございました。

仙山線は紅葉の時期には風景が好い所ですね 福祉大には汽車の車輪が展示されています。
風景はノンレム睡眠かも知れません

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