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2010/01/23

老人の笑顔

ゆーくり、ゆーくり人生を歩いてきた老人の顔は美しいとおもう 私は映画俳優 笠 智衆さんの笑顔を見ていると心穏やかになり温もりをかんずる。

時間は止められないが止めたいと思う気持ちがあると「ゆーくり、ゆーくり」の心が無くなる。そうなると顔はきつい顔になる。

現代は時間との競争だ。 より早く より早く 飛行機なみの時速430kmのリニアモターカーの試運転がされている。自家用車も一家で2台もあたり前になってきた。

しかし高齢者は運転できなくなる。その上、都心から離れた地域の路線バスも廃止となり高齢者の心配は募るばかり、笑顔はなくなった。

また高齢になると歩行困難になってくる。バスの乗り降りも「ゆーくり、ゆーくり」となる敬老乗車証を取り出すのも「ゆーくり、ゆーくり」となってしまう。車内には「ハヤクシロ」の雰囲気がただよう 老人の顔はひきつっていた。暴走老人という著書も発刊になってるほどだ。

福井県向笠村、古代の祭りは 行列の男衆が一歩足を踏み出しては長い間、とまってからおろし次の足を上げて長い間、とまってからおろして ゆーくり、ゆーくり、練り歩くのだそうである。神が、ゆっくり、ゆっくり おいでになるからだと 聞いたことがある

このことを見てもその時代の澄みとおった自然と人とが調和のとれていたことがわかる。

現代の「すずめ踊り」「よさこい踊り」は人間の作った「はやく、はやく」の環境と調和していると思う。 踊る人たちの一糸乱れない美しさは凄い。観客の顔も眼も踊っているようにみえる。しかしなにか、たりないように思う なにかわからないけど 

後期高齢者の名前が長寿高齢者と呼び名がかわり戸惑ってしまう。少ない年金から住民税・長寿高齢者医療保険・介護保険と差し引かれる。老人から笑顔がなくなった。長寿という空虚の言葉が響くのみ。

ATM(現金自動預け払い機)の操作にとまどう長寿者が多い。時間がかかるので行列ができてしまう。おろおろしてしている人を見かける。銀行の窓口で用を済ましていた人たちにはATMは苦手であろう ここでも笑顔などない。

宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」の銀河の祭り、ケンタウル祭 銀河を行く軽便鉄道列車は ゆーくり、ゆーくりと走ってるように思うが宇宙を走るのだから 早いとおもう大宇宙のお話なので、ゆうだい である。宮沢賢治さんが今の世をみて、なんとおもう、のかな~と想像したら笑顔になった。

こんなことを想像しているうちに夕方になった。

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コメント

 時代の速度が益々速くなっていきますね。
「雀踊り」という名前は昔からあったんでしょうが、スピード感のあるモダンバレー風に振り付けを変えないと、現代では誰もついてはこなくなっているんですね。政宗の時代はもっとゆったりした踊りだったのだと思います。
 笑いも瞬間芸に求めるようになってきてるんですね。落語のように落ちを楽しむというような、ゆったりしたことがなくなるんではと余計な心配をしております。

watari41さんコメントありがとうございます。

>落語のように落ちを楽しむというような、ゆったりしたことがなくなるんではと余計な心配をしております。

そうなんですね「落ちを」理解できないひとは笑うことができないですよね

言葉も理解できない 携帯メールの弊害が大きいです。対話ができないので笑いもでない世になるのではと心配しています。これも余計なお世話と言われそうですね

速い、快適、便利の追求は人の温かさや安心感をなくしていくようです。
ATMもそうですがタッチパネル機械を操作して人のお顔も見ず、生の肉声も聞かず人との会話が全く無いまま用が済んでしまう現代はコミニュケーションの砂漠化を起こしているような気がします。

>現代の「すずめ踊り」「よさこい踊り」は人間の作った「はやく、はやく」の環境と調和していると思う。
>しかしなにか、たりないように思う なにかわからないけど

 仕事柄、慌しくなるのは仕方がないのですが、今年から「ゆーくり」精神をしっかりつかもうと思っています。

 きょう昼時のことです。蕎麦屋さんにかみさんと入りました。外から見ると4人がけの席が空いていたので「あれに座らせてもらおう」と入りました。昼時とはいえ、あまり混んでいなかったのですが、店員さんに狭い二人がけの席に案内されてしまいました。

 普通ならどちらかが不満そうな顔をするところなのですが、「もう狼のように攻撃的になったり、不満を述べるのではなく、従順な羊になって、笑って暮らすことにしよう」と話し合ったところです。

>また高齢になると歩行困難になってくる。バスの乗り降りも「ゆーくり、ゆーくり」となる敬老乗車証を取り出すのも「ゆーくり、ゆーくり」となってしまう。車内には「ハヤクシロ」の雰囲気がただよう 老人の顔はひきつっていた。

めったにバスに乗りませんが、通勤時間以外の日中のわが家の路線バスには、高齢者が7割乗っています。
すいている時は、乗客が座席に坐ってから動き出しますし、
バスが停車してから、椅子から立ち上がるように言って下さる運転手さんもいます。
独身時代、ギュウギュウづめのバスに乗って、ハードな通勤をしていた時よりは、高齢者に優しくなったなあと感じる時もあるのですが。
いろいろな運転手、乗客がいますね。

michikoさん コメントありがとうございました。
機械化されてしまってますます会話がなくなりましたね。

機械化でもしないと人口増加に対処しきれなくなり機械化でバランスをとり利益を上げることに徹している社会になりました。心はおきざりですね

schmidt さんコメントありがとうございました。
>、「もう狼のように攻撃的になったり、不満を述べるのではなく、

そうですね 私は「見ざる・言わざる・聞かざる」三猿がいいのかとも考えています

ようこさん コメントありがとうございます。

高森にある山田眼科に3カ月1回バス行きますが
昼のせいでしょう「ゆっくり・ゆっくり」走ってくれますね。「バスが停車してから席をお立ちください」と何度も言ってくれます。

私は通学通勤時の時間うくられて帯は避けています。高齢者の時間帯が自然と出来上がっていますね。

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