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2010年10月

2010/10/28

元素の美に驚愕

異常気象になってしまった空を見上げて思う。古代から人は夜空を見上げて美しい銀河の輝く姿をみて心を癒されていたと思う。
宇宙の起源を知りたい・星も地球と同じか知りたい・宇宙は、わからないことが多いので、世界中の科学・物理・数学者たちが研究を進めているという。

地球は秒速30キロメートルという猛スピードで太陽のまわりを回っている。

今年もはや11月になる。
人は歳を重ねる速さに戸惑いながら、挨拶言葉に「早いですねもう今年も60日でおわりですよ」と言う。

村山 斉著 「宇宙は何でできているか」 幻冬舎新書刊の本は素人にもわかりやすいように解説してある。読んでおぼろげながら宇宙なるものが知ることができる良書である。

「太陽・星も地球も万物すべて原子で、できていると知られている。宇宙から届く光や無数の粒子が降り注いでいるという。ニュートリノは毎秒何十兆個も私たちの身体の中を降りそそぎ通過しているという・・ 」
この本を読んでから空を見上げて思うことは今までとは違った感覚で宇宙を感じるようになった。人体も原子でできていることは我も宇宙と一体ではないかと思うと楽しい。それで
周期表を復習してみたくなり

セオドア・グレイ「著」ニック・マン「写真」 世界で一番美しい元素図鑑

Gennso_2若林文高[監修] 武井摩利[訳](創元社刊)
を購入し読んだ。この本の記事の素晴らしさ、そして美しい元素の写真を見て驚き魅入ってしまった。

私たちの住んでいる地球の元素達の美しさは神の創造物ではないのかとおもうほどだ。

現代のテクノロジイーは大きく進歩し、「科学の力」によってさまざまな実験が展開され宇宙の謎が解明され続けている。

万物は原子(元素)でできている。太陽も星も地球も原子でできているという。
元素図鑑5ページの冒頭の記事には

いかなるものも、無に帰することはありえない。

   万物は分解されて元素に帰する。

ルクレティウス「事物の本性について」(紀元前50年)

また記事の中に

・・・・・酸素は無色透明な気体ですが、あなたの体重の5分の3は酸素です。いったいどうしてそんなことがありえるのでしょう?・・・・

この世界で一番美しい元素図鑑から、改めて地球に存在する元素の美しさに感動して過ごした晩秋の一日であった。

伊藤 美菜子さんの詩集 「生きているって」の「種子」をなぜか思い出していた。

種子

てのひらの上にある

小さな種子

見つめていると

広い宇宙が

この中にあると思えてくる

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降り注ぐしし座流星群
NHKクリエイティブ・ライブラリ素材

2010/10/17

故郷の浜辺ライブカメラを見て思う

仙台に居を構えたのが30年前になる。「故郷は遠きにありて思うものと」強く感じるようになった。体力は衰え気軽に旅行に行くことができなくなったので、全国に設置されているライブカメラをパソコンで見て過ぎ去った日々の一駒一駒を回想し人生の哀れを思う。生家の裏の海辺,新潟市関屋浜から見た海の風景をライブカメラライブカメラをクリックすると見られます)を見つめ、秋晴れの日の夕焼けが美しい日本海をジットみていると、眼が潤む。浜辺で遊んだ友はみんな旅立ってもういない。

80年の時を重ねた我が脳内カメラに鮮明に記録されている浜辺の映像がある。海洋少年団に入っていた私は手旗信号が得意であった。近所の友達に教えてから波打ち際と平行に300メートルくらい離れて手旗信号ごっこをして遊んだ。
手旗信号をすぐに覚えた女の子がいた。手の長い子で背筋を何時もシャンと伸ばしていた可愛い子であった。私から信号を発信すると300メートルはなれたその子から見事な、それはダンスのようにしなやだか確実に長い手に振る旗は良く読み取れた。その信号は「ありがとう」と言っていた。波打ち音があたかも船に乗って交信しているように思えた。

遊び疲れて日が沈むころ童謡「夕焼けこやけ」を歌って家路につく、なつかしい情景である。アナログ時代に過ごしたことが幸いだったと思う。
日本の四季の自然と人が溶け合う「里山」があればこそ美しい童謡が生まれたと思う。{美し歌と思うのは昭和・以前の生まれた人々であるのかもしれない」

今の世はIT時代のおかげでライブカメラを見ることができるが一方このデジタル化の進歩に人の心がついて行けなくなるのではないだろうかと危惧する。
便利なことが人間を豊かにするのだろうか???と不安に思いながらライブカメラを見つめる。

2015年に教科書のデジタル化が実施されようとしている。デジタル化時代の子供たちの脳内カメラは大きく変わること必至である。
人はIT機器を介してコミニケーションをするべきでない。人と人が言葉とアイコンタクトでコミニケーションをすることで脳内に記録される。幼少のころの映像は人生終末期になると鮮明に出力されるような気がする。幼少のころの友は魂の友である。

教科書のデジタル化が実施されたら子供の将来・社会が崩壊してゆくのではないかと心配する。新しいIT時代にあった教育を行わなければならないと強くおもう例えば成績主義をやめ子供の特性をのばしてやる教育と自ら勉強意欲の出る社会構築を期待したい。

私は旅立ちの日がいつ来てもおかしくない歳なのに、日々未来のことを考え心配する阿呆になってしまった。そして「ヒトはどうして死ぬのかと」日々考える。

人は毎日細胞分裂があって生きているが細胞分裂回数は決められていると言う。{(幻冬新書新刊 田沼靖一著ヒトはどうして死ぬのか 死の遺伝子の謎)を読んで}細胞分裂回数券がなくなることは死を意味する。環境汚染・紫外線・Ⅹ線・ストレス・etcで細胞分裂の回数券を早く使い切ってしまう、それは死の終焉が早まることなのだ。

人は必ず死ぬ運命にあるのに戦争で若人が死んでゆく。核保有国が増大しているのは核戦争が勃発する気運にあるということだろうか。経済恐慌が戦争を惹起するかもしれない。テロ行為がますます増大して、無差別攻撃が行われ。原子爆弾を使用されることになれば地球規模の崩壊につながる。科学の進歩が武器に使われることは悲しい。

TVドラマは殺人ものが多いのも悲しい。コンピューターグラフィック技術の進歩で殺人映像は地獄模様である血飛沫をあげる場面をことさら大きく残虐に血飛沫音も過大に放映されている。その影響は心理的無差別攻撃となんら変わらない。

また犯罪画面の特集まで放映して視聴率をあげるために手段を選ばないのも問題である。それを見ている視聴者にも問題ありで子どたちも見ている。成長期の子供に良い影響は与えないのは確実であろう 現実に社会問題になっている。自由主義は何でもやって良いものではない 基盤は人の善悪を判断する良心である。この良い心を育てる時期は受胎してからであるとおもう。

童謡夕焼けこやけ」 のような唄はいつか衰退して、なくなるだろう。IT時代の親は子守唄や童謡を子に聞かせることはないようだ。夫婦共稼ぎ時代の大きな弊害である。また快楽のためにドラッグをあおり中毒になる人が後を絶たない時代になってしまった。農耕民族日本は崩壊しつつある。
 

2010/10/02

10月1日の風景

今日は10月1日予報では曇天だが 異常気象のせいか天気予報があたらなく終日秋晴れで気温25度あった。秋の夕刻の風景を楽しんだ。

国勢調査が始った。郵送調査票を右手にもって夕刻に出かけた。夕日を背にした私の影法師が長い

下校中の小学生から「今日は」とあいさつ いやーこんいちわと言ってすれ違った。影法師もすれ違った。

トンボが多く見かけた 昔の風景を思い出す。これも猛暑が続いた結果なのだろうか藪蚊も一斉に出てきた。やはり異常かこれからは気象予測の当たる確率は相当に下がり、あてにならない予報となってくるだろう。

異常気象に比例して国情も内乱が惹起している。人を信じることができない大変な異常状態である政治・経済・検察・医療・犯罪・ウイルス・etcすべての面で異常である。

明日の予報はくもりであるが気温の上がる秋晴れになるだろう。 

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