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2011年1月

2011/01/31

デジタル化と高齢者そしてサッカー優勝で師走は去った

高齢者がネットカフェを利用する頻度が高くなってきたという。ネットカフェと言うと若者が利用するイメージが強かったが高齢者もPCを利用するようになってきたことが背景にあるのだろう。時代は確実にネット時代に入った。

PCで地上デジタル放送が見られる。またPCにHDMIポートがあればTVとHDMIケーブルで接続すれば液晶ハイビジョンTVで見られる。この規格のPCがスタンダードになってきた。

デジタル一眼レフカメラも驚くほど格安に購入できるようになった。小使いを貯めて憧れだった一眼レフカメラを購入した。使用してみて驚いた。まるでデジタル技術をカメラに詰め込まれている。昔バカチョンカメラと言う言葉があったが一眼レフカメラもお任せ撮影ができるようになった。

一眼レフカメラをぶら下げて師走の終わりの31日午後に散歩に出かけた。

町内の高台からは仙台市街が夕日に映え空にはトンビが飛んでいた(左上)。太平洋の海坂(うなさか)が美しく見えていた。一眼レフの設定を「風景や街並みを撮る」にして撮影して見た。
アジアサッカー日本優勝を果たせたのは選手たちの「向こう三軒両隣」の親密な心の結びあいの結果と思うと私はおおいに嬉しかった。興奮冷めやらぬ中で昔から欲しくてしょうがなかった一眼レフカメラを手にしての散歩は楽しかった。
春の気配が確実に感じた師走の終わりの日であった。

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2011/01/26

ヤブミョウガの実だろうか?

冬の晴れた日は空気がすきとおり遠くまで見える。空も美しい青だ。ときおり吹く風は冷たい。襟元のマフラーとアノラックの帽子をかぶり下を向いて歩くようになる。

我が家の庭の片隅の雑草の中に青い球が数個、うつくしく輝いていた。いままで散歩に出かけるとき猫のひたいよりなお小さな庭を眺めてから出かけるのだが気がつかなかった。

Photo 冬の野で小さな青い実をつける「ヤブミョウガ」だろうか?青いビー玉のようにみえた。

真冬のこの時期に枯れ葉に囲まれて実をつける青い美しい球体を見せている。

空と雲が映ってるように見えた。

空を見上げた。雲はせわしげに雲形を変えながら東にながれていた。

散歩しなければ出会いなかった青い球体の実をしばらく眺めていてから歩きはじめた。

Aozora_2

2011/01/14

方丈記に思う

Sany0001戦争中私は学徒動員にかりだされ鴨長明著方丈記など教えを受けていなかった。

鎌倉時代の文学作品で日本中世文学の代表的な随筆とされこの方丈記を壮年期に読んで感銘を受けていた。それから40年も月日がながれ傘寿も過ぎた今この作品の書き出しの言葉が大きく浮かんできた。

「ゆくかはのながれは、たえずして、しかも、もとのみづにあらず。よどみにうかぶうたかたは、かつきえ、かつむすびて、ひさしくとゞまりたる事なし。よのなかにある人とすみかと、かくのごとし。・・・」

あらためて読みたくなり方丈記を解説している本が欲しくなった。丸善書店の本棚の前にたったとたん私の手が無意識に{手崎政男著「通読 方丈記」笠間書院刊}を手にしていた。

いまゆっくりと通読している。現代と一片の変りがないとおもった。地震・竜巻・大火災・人の業 等々

十四日はどんと祭である。いいお天気であった。広瀬川の河原で、しばしゆくかはのながれにみとれていた。夕刻の日差しが水面をさし、さざなみは輝き消えてながれていた。

2011/01/10

成人の日

宮城県太平洋岸は穏やかな一月十日成人の日、夕刻に自宅界隈を散歩した。寒い!空は晴・曇り・小雪がちらつく町内は静かである。公園のグランドは何時もだと子供たちの遊ぶ姿が見えるのだが足跡だけ残し夕刻の光がさしていた。

0121102 散歩も旅であると思うと風景が何時も違うように見える。

今日は40分ほどの旅ではあったが行き違う人は愛犬の散歩の人たち数名。犬も運動しないと病気になる。

人も犬も死ぬまでは生きる。だから生きているうちは旅をすることが必須と思い歩く

紺碧の空を見上げると綿のような雲が浮かんで移動していた。

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誕生して20年になると成人とよばれる。私はその4倍の周期を超え足跡をのこしてきた。動きまわることで足跡を残す。旅は心を明るくする。病になっても歩けるうちは動くこと、いわゆる旅することであると考えた。

日が長くなってきた。春が近くに来ていることの知らせ。

昨年の猛暑で今年の春は杉の花粉が多量に春風にのり漂うことになりそうだ。

まだ花粉症になっていない私も今年は心配である。これも人の作った環境の結果かとおもうと情けなくなる。

マスクと防塵眼鏡をかけた宇宙人のような格好の人が多くなってくるのではないか。

春は名のみ、とならなければよいが!

老妻が夕飯を作っている「まな板」からの音が聞こえてきた。コトコトという音は幼少のころから記憶している。生きている証の音である。すっかり日が落ち暗くなった。つれずれなるままに、
つぶやいているうちに成人の日がおちた。Photo

新月から四日目の月を安価なデジカメで撮ってみた。月と星(点のように見える)が夜空に光っていた。

2011/01/01

2011年元旦

Photo

仙台駅2階コンコースに迎春の大凧が上がっていた。

「今年の日本」はどーなるのか景気が凧のようにあがって行けばよいのだが

2011年度の政府予算案一般会計は、史上最大の92.4兆円で閣議決定した。

新国債の発行は44兆円。恐ろしいことだ。
赤字だけが上がる凧は見たくもない。

徹底した赤字対策を早急に策定しなければならない年である。

外国に日本の森が買い取られているとうNHKニュースをみて驚いた。

日本は揺らぎない政権を早期に確立し今年が明るい年となるように一国民として寄与したい。

と思うのだが医療の進歩で超高齢化時代に入り寿命年齢は男性79歳となった。わたくしは81歳の年を迎えてしまった。寝たきりになっていないのが今のところ幸いだがわからない。
老人医療は病気を治すための医療ではなく老化による苦痛を和らげてくれるQOLを少しでも高めてくれるしかないのである。

新国債の発行は44兆円の責任の一端が老人医療費にあると思う気持ちが私の心を暗くする。

「長生きしたいですかと聞かれれば」答えは「ノーー」である。人は生の未練で生きている。寝たきりや認知症の老人は増え、400万人に迫る状況にあるようだ。与えられた寿命で、ほどほどに死ぬのがいいと思うようになった。老いにおびいながら生きることは苦しい 尊厳死法が制定されることも必要ではないだろうか・

日本人は死を語ることを忌み嫌うが死を語り合うことが大切な時代になったのだ。
詩人の中桐雅夫さんは「新年は、死んだ人をしのぶためにある」と、私も同感である。
亡くなった竹馬の友を偲んだ。

鎌田 實さんのブログの記事(死者からの言葉)を読み感ずることが多かった。救われるような気もしてクリップに投稿した。

また身のまわりを整理する年にふさわしい兎年だから「断捨離」を実行しよう。

日本の四季は世界一美しい 海に取り囲まれた美しい島国、日本

歳を重ねるごとに竹馬の友とよく「かくれんぼ」をして遊んだことを思い出す。

かくれんぼの場所は四季ごとに変わる、春には菜の花畑で「もういいかい!」「まだだよ!」と叫びながら隠れ場所を探す。「もういいよ!」と同時に探しにかかる。

晩年の今、人生のかくれんぼが続いている。私は「もういいよ」と言っている。

菜の咲く春が近くまで来ている。

漆原朝子さんのヴィオリン演奏 四季「春」をYou Tubeから

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