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2011年3月

2011/03/28

大津波

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吉村 昭著 ひとり旅「文芸春秋刊」を愛読している私はこの本の27ページタイトル「高さ50メートル 三陸大津波を見て春にでもなったら三陸海岸にある下閉伊郡田老町に行くことを楽しみにしていた。

(引用文)・・・・・海に面した情景は魅力にあふれ、断崖は日本屈指の規模と言われているだけに、凄絶な壮大さで、海の色とともに強烈な印象を受けた。・・・・明治二十九年と昭和八年に襲来した津波が最大のもので、あったというこの2回の津波で、三陸海岸では明治二十九年に死者二六三六〇名、昭和八年に二九九五名が命を奪われている。・・・・

このことだけでも驚きであったが2011年3月11日 14時46分の巨大地震・津波はかつてないほど巨大であった。これに加えて現代人がエネルギー消費を拡大した。巨大地震津波は近代設備を崩壊し人災が重合してしまった。

100年に1~2回は巨大地震が地震国日本にはあると報道されているが、高齢社会にはあまりにも悲劇的な凄絶なことがおきた。

消費が奨励され生活に便利な電気・機械類があふれる世になった。廃棄物処理にも支障を来たしている。
この東北・関東巨大地震は私たちに警告を与えたような気がする。

ただただ犠牲になられたかたがたに冥福を祈っている。


2011/03/25

エネルギーを大量消費する現代

2011年3月11日 14時46分私は自宅で遭遇した。宮城県沖地震は必ず来ると知らされていたが関東を含めた東日本全域に渡って、いまだかつてない激震に襲われた。犠牲になられたかたがたに冥福している。

強い余震が続いている。

私は高度成長期に各地で働いてきた。その間仕事場で新潟地震・十勝沖地震・日本海中部地震に遭遇した。地震の怖さを忘れることができない。

傘寿を過ぎた私は静かに人生を過ごしていた。楽しみは散歩である。散歩中いろいろと過去のことを思い出す。家は標高約130mの山を削って造成した団地で起伏の多い場所である。
夜間になると市街地のビルあかり、が輝いてまばゆく見える、そため夜空の天体の星の輝きはこの人工の光のためにみえない。人々はこの人口の光で生活している。

散歩しながら少年時代のころの夜の情景を思い出す。天体の星の光の瞬き 十五夜お月さんに見えるウサギの光景 時たま流星が流れる

この光と人工の光と比較すれば私は天体の光が心を癒してくれる。

人工の光もきれいなのだが地球の資源を利用して人工発光させている。
人間が快適に暮らすために作り出す道具は膨大なエネルギーが必要となった現代。
人工の美しさは怖さもともなう。

都市人口は農村人口を上回り、加速度的に増加しているという。エネルギーの消費も拡大してゆくこのエネルギーを安全に作り出すことに人々は懸命に努力している。
が地震・津波の自然災害のエネルギーの巨大さを思い知らされた。2011年3月11日 14時46分である。 被災者の辛さは大変なものであろう 雪の降る日もおおい、私の心も落ち込む。励ます言葉が見つからない 復旧を祈るのみである。

プロ野球のナイトゲームも自粛するという。エネルギーの消費を少なくすることを教えられた巨大地震であった。

散歩の帰途に仙山線芋沢峠の踏み切りを渡って驚いた地震発生から電車は不通となっているため線路は錆びついていた。いつもは銀色に輝いている鉄路の光景が当たり前であるとおもっていた。赤茶色に錆びた線路の光景は侘びしい。

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