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2011年4月

2011/04/23

大自然の怖さ

09年12月1日の晴天の日に気仙沼まで小旅行を楽しんだ。電車からみえる海岸の美しさに私ども老夫婦は心が和んでいた。

11年3月11日14時46分に巨大地震・大津波に、この海岸の美しさは地獄絵のようになってしまった。
生きる時間が少なくなった私は犠牲になった多くの方々のことを、おもうと体が震えてしまった。
発する言葉がないのである。

その上に福島原発の爆発事故で大気も土壌にも放射能が降り注ぐ「なんとしたことだろう」。
ヨーロッパでは「災害によって安全を学ぶな」といわれているそうだが、学んでいなかった。
大変、痛恨の極みである。
自然災害であれば復興の槌音が大きく響くはずだが人災が加わったことで人々は大きな不安が天と地から降ってきた。人間の作った機械は故障が必ずおきる。人も歳を重ねるごとに病が襲う。

三陸海岸の防波堤も「千丈の堤も螻蟻の穴を以って潰ゆ」のたとえどおりなくなった。
些細なこと、わずかな手落ちや判断から、大事に至ることがあるというたとえ。どおりとなった。

気候も雪が降ったり初夏の気温になったりそのうえに大きな余震が続く、桜は満開に近くなったと思うと気温が急降下する。
11


桜が散らないうちに今年の桜を撮影した。なんとなく元気がないように思うのは私だけだろうか。災難が福をもたらすことを祈るばかりである。時間は容赦なく過ぎる。冥福を祈る日々である。
Dsc_0005

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