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2012年4月

2012/04/29

桜散る姿に吾が老いた心と共鳴する

012年4月28日土曜日さわやかな紺碧の空が広がった 近所にある東北福祉大学構内の桜を老妻と花見に散歩をかねてゆっくりと歩き楽しんできた。春の温かい風に散る花びらが空中く舞う この風景を吾れの終末期を歩む人生と重ね合わせた。幼年期の魂の友は逝ってしまった。散る桜残る桜も散る桜 万物すべて散る 「この世のものは空であるとみよ」ブッタの教えを反芻する

淡い緑一色染まる若葉の季節がもう近い。

Photo_2

2012/04/21

過去の住家 津波で消えた

定年後、堆の棲家を求めて海岸部の町を旅行した。15年前(1996年)のことである。
宮城県の海岸線は南北850kmと長い、気候もまた大きな差がある。
北部が三陸型気候、南部が関東型気候。
雪国越後の海岸部で育った私は堆の棲家は温暖な南部の海岸の町を探した。
赤痢菌発見者 志賀潔博士が晩年過ごした棲家が山元町磯浜であると伝え聞いた。

(1996年)4月の初旬に磯浜海水浴場にいってみた。あたたいかい風が頬を撫でてゆく、穏やかな波うちの風景は私の心を虜にしてしまった。防風林の松林が緑の絨毯のよう~
私は有頂天になって踊った。

震災前の美しい南部海岸線の風景 

(動画をYouTubに投稿していただいた「みなさん」使用させていただきます。感謝)

ここに5年間過ごした。体調を崩し仙台市の病院に入院三か月、退院後通院もあることから磯浜の住居を売り仙台市内に住居を移した。

2011年3月11日自宅の私の至福の場所である
パソコン・デスクに向かってブログ更新をしていた。
家内は買い物に出かけていた。14時42分激震に襲われた。ガスの元栓閉、風呂に水を満水にし、あらゆる入れ物に水を確保した。

私は大地震を新潟・秋田・八戸に住んでいるとき経験しているが今回の地震の巨大さに驚異!

山元町の情報が一切なく非常に心配していた。

その後、山元町坂元は巨大津波にのみこまれていたことを知り、ご近所の方々の安否が心配で夢にまで出てくるようになった。
012年4月17日(火)山元町まで電車とバスを乗り継ぎ行くことができた。
磯浜の荒涼たる光景に慄然とした。自然は怒り狂い磯浜のすべてを飲み込んでしまった。
私はたちつくし、しばらく呆然としていた。気が付いてから
犠牲になられた方々のご冥福を、ささげ、そして涙した。

素晴らしい盆栽を頂いた向かいの家は砂地と化かしていた。
ご主人の優しい面影が浮かんでくる。

元の住家はすっかりなくなっていた。シロアリ防止のコンクリート床とタイル張りの玄関床が残っていた。

Isohama2

巨大津波がおさまってからは虫が大発生したという。鳥が居なくなってしまっていたからだという。1年1か月過ぎた今はヒバリの声が無性に声高らかに響いていた。そのなかに潮騒の音が重なり目をつむれば、故郷越後の砂浜を彷彿として湧いていた。
それは
慈母のささやきのよう。

防風林の松林はすっかり流され、防波堤のテトラポットが目の前に積んであった。海岸線が30メートルくらい近くなっている。
伊達政宗公が磯崎山から太平洋の絶景を岩に腰かけて眺望していたという。私は朝な夕なに「磯崎山公園」に行っていた。その謂れの岩に腰を掛け雄大な太平洋を眺めていた。

しかし巨大津波はその山を崩壊していた。
Photo_2

”哲学者梅原猛さんが言われていた。日本の神道の本質は自然の恐ろしさから出発している。自然に捧げ物をすることにより恐ろしい自然を恵みの自然に変えていく、暴君のような恐ろしさを持ち一面慈母のような面がある。”

自然は人類のためにあるのではないと痛感した。

人災事故原発からの空間放射線は
0.1~0.41μシーベルトと役場のHPにのっていた。

”原発を使って人間の生活を豊かにし便利にする文明が裁かれていると哲学者梅原猛さんが言われていた。”

山元町仮庁舎前に放射線量測定車らしき車が止まっていた。

Photo14時頃から雷鳴が鳴り冷たい雨が降ってきた。


帰途は心が沈んだ。

私はまだ生かされている。


申し訳ない気がしてしょうがなかった。

2012/04/19

BBCの報道 & ContAct &アメリカ原子炉技術者動画をみて憂う

原発人災事故のBBCの動画をみて

消防士・自衛隊の皆さんの命を賭した活動に大きな敬意をいだきました。そしてご家族の心情をおもうとき唯々手を合わせるだけでした。

子供の放射線汚染対策の報道や政府の対策が見えてこない原発再稼働の報道だけである。

放射能で広がる異変ー子供たちに何が起きているのか YouTub
動画は最初は一般の報道が約2分続き本番開始

太陽や水の恵みを忘れた文明が原子力につながり
人類の存続できなくなるような恐ろしい感覚に襲われた。

戦中に生まれた人たちは数少なくなった。
生きている人はきっと思っている
この言葉を

古い時代の日本はこんなに明るくなかった。

人間が人間らしく暮らす。
太陽とともに起き太陽が沈めば寝る。
原始的だなんて笑う者は笑え。

おそらくこれからは、太陽光、地熱など、
自然エネルギーを使う時代になると思う。

けたたましい時代はそろそろ終わり、人間性
溢れる心豊かな時代になって欲しいものだと

アメリカの原子炉技術者が設計上の問題を語る

2012/04/16

白い翁草におもう

おきな草は深紅の花色とばかり思っていた。
花屋さんから翁草の鉢植えを注文したら「花の色の希望は?」

え~と聞き返した。

白色の翁草もあると聞いた。早速注文した。一週間ほどたってから入手できた。広縁において観照している。

野生のものとは違い茎は細く花も小さく弱々しい。

毎朝声をかけることにしている。Okinagusa
草木国土悉皆成仏

そうもくこくどしっかいじょうぶつの精神が無くなった現代である。
草木や国土のように心をもたないものでさえ、ことごとく仏性があるから、成仏するというこの言葉は君が代の歌詞にも生きている。 

戦後復興期から人間中心主義になった「日本草木国土悉皆成仏」の精神をわすれ、 西洋文明一色になってしまいついに3.11に自然の恐ろしさをしり人間の作った原子炉がメルトダウンを惹起した。その対策もできていない、関係した人達の責任は重大である。膨大な量の放射性物質が国土を汚染してしまった。

東洋文明に戻らないと人類は崩壊するのではないだろうか。

宮沢賢治 名作童話”おきなぐさ”はまさに”草木国土悉皆成仏”そのものである。

・・・うずのしゅげは光ってまるで踊(おど)るようにふらふらして叫(さけ)びました。
 「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがとうございました」
 そしてちょうど星が砕(くだ)けて散(ち)るときのように、からだがばらばらになって一本ずつの銀毛(ぎんもう)はまっしろに光り、羽虫(はねむし)のように北の方へ飛(と)んで行きました。そしてひばりは鉄砲玉(てっぽうだま)のように空へとびあがって鋭(するど)いみじかい歌をほんのちょっと歌ったのでした。
 私は考えます。なぜひばりはうずのしゅげの銀毛(ぎんもう)の飛(と)んで行った北の方へ飛(と)ばなかったか、まっすぐに空の方へ飛(と)んだか。
 それはたしかに、二つのうずのしゅげのたましいが天の方へ行ったからです。そしてもう追(お)いつけなくなったときひばりはあのみじかい別(わか)れの歌を贈(おく)ったのだろうと思います。そんなら天上へ行った二つの小さなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小さな変光星(へんこうせい)になったと思います。なぜなら変光星(へんこうせい)はあるときは黒くて天文台からも見えず、あるときは蟻(あり)が言(い)ったように赤く光って見えるからです。・・・・・・・

鉢植えの白い”おきなぐさ”が銀毛となり飛び立つまで声をかけていきたいとおもう。私の生きがいのためにも。

2012/04/12

たった一度の人生の記録

06年5月11日~12日 八ヶ岳山麓散策は私のたった一度しかない人生の一齣の 大きな記録であった。宮沢賢治 名作童話「おきなぐさ」を散策中みつけた。 野草の”おきなぐさ”は絶滅危惧品種に指定されている。野草の”おきなぐさ”をみつけたのだから大きな記録である。 

渓谷の野鳥の囀りは人の心を癒してくれるが野鳥には懸命に生きていく囀りである。野鳥の名を教えてもらった。オオルリ・ルリビタキ・ココシキリetc 


私は高度成長時期を23歳~65歳まで働いた。この記録は75歳の時である。
素晴らしい日本の風景であった。今は、死と向き合い生きPhotoている。しかし
神の領域に手を出した原子力ムラの産・政・管・学の人たちは汚染日本を作ってしまった。
福島原発多重人災事故のため011年3月11日~15日にかけて以降世界に類を見ない
大量の放射線を放出してしまった。いまだに放射性物質を放出しづつけている。
八ヶ岳の自然の風景にも放射性物質が襲いかかってきた。
なんと悲惨なことになってしまったのだ!!
東電が安全対策を軽視した結果、多重人災が東日本を汚染してしまったという。
野鳥もいなくなり美しい里山の風景も崩壊するのであろうか。それでも原子力ムラが利権にむらがり始めている。日本人は崩壊するのだろうか。

 

2012/04/02

森羅万象すべて崩壊する

今年も春を迎えることができて幸せに思う。生・老・病・死の道程をこの世に生を受けた宇宙に存在するありとあらゆる事象はすべて死を迎える。
森羅万象は受難する。高齢になった私の血管は硬化しておりいつ崩壊破裂してもよい状況にある。自然の摂理である。
人類ほど飽くなき慾が深い哺乳類はいないと思う。多量にエネルギーを消費する現代になってしまった。それに対応すべく
原子力ムラの人たちは絶対安全安心と言って原発を導入した。批判する者には圧力を加え、ついに54基もの原発ができた。そして19基が老朽化している。核は神の領域であると思う。人は核の制御もできない、廃炉の技術もない!福島原発事故収束は五里霧中でいまだに放射性物質を放出している。核の寿命が尽きるのを待つしかないのだろうか、さらに膨大な核廃棄物を貯蔵できる場所は狭い国土の日本にはない。核燃料サイクル技術も確率されていない。

原子炉は放射線により脆性破壊を促進するという。福島原発人災事故以上に放射線汚染が広がることを危惧する。

東南海の断層連動地震が予測されている。橋梁・高速道路・水道管・ガス管等々の脆性破壊がおきている。高度成長期のつけが現代になって起きている。
ライフラインの崩壊は都市の崩壊につながる。

政府も与党も野党もベロばかりで時間をついやしている。日本国民のための政府ではない。

森羅万象すべて崩壊するのに!!!
対策行動をただちに行わないと日本は崩壊する。

3・11の時の原発爆発のニュースは政府の発表をそのまま報道機関は活字にしていた。私は戦中の大本営発表となんら、かわらないと思った。
外国の情報を見て、ものすごい
深刻な状況であることを知った。
福島の人たちは放射線測定器で自ら測定して、はじめて、ただならぬことが起こっていると知った。Photo

私もiPhon用線量計で測定している。

玄海原発1号機劣化問題のYouTubeのNHK報道は国民のためのNHKであると強く感じた。
削除されたら日本の民主主義は崩壊である。

小出さんは原発は危険と言われていたが聞きいれられず今日の最悪の時代になった。

放射線汚染のため故郷に帰れぬ人たちのことを思うと断腸の思いである。

森羅万象すべて崩壊の危機が急速に迫ってきたと思うのは私だけだろうか。

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