« 人の一生は一瞬に過ぎ去る | トップページ | 戦中戦後を生きた少年の記憶その六 »

2012/12/29

戦中戦後を生きた少年の記憶 その五

第3回国民体育大会(福岡)

1948年昭和23年9月26日(福岡市 東公園軟庭コート)開催された。

新潟県軟式庭球代表高校に県優勝校である新潟県立工業高校 山田・大平チームほか

二高校が選出された。国体は県ごとの団体戦である。

初戦の県は優勝校にランクされている三重県であった。

試合前スクラムを組み気合いを入れた。

初戦に三重県に勝ったのだ!!!そして勝ち進み岡山県に準々決勝に対戦したが敗退した。岡山県が優勝した。

 

新潟はベスト8で終わった。

 

テニスコートの土方工事で作ってそして筋肉の付いた体で猛練習をし、手取り足取り、
教えて頂いた師範学校の先生に心からお礼を言った。

地方紙に下記「概評」記事を読んで嬉しかった。六六年前の新聞はセピア色になっている。

記事に山田・大平組の概評が載っていた。

Photo

新潟軟式庭球の有名高校にのし上がっていた。新潟県立女子高校のコーチに招かれた。

初めて女子高校にチーム共々行った。そのときの印象が忘れられないのである。
校舎の中に入ったとたん異様な匂いが鼻をついた。

「みんな顔を見合わせた。」「なんだ~」この「匂い」 女性のフェロモンの匂いと後でしった。

練習の後,浜辺の防風林(黒松林)で「食パン」をご馳走になった。食パンの味を知ったのはそのとき初めてだった。塩風がやわらく頬をなでてゆく中で美味しく沢山いただいた。そして新潟美人揃いだった。

平和とは素晴らしいと心底から喜びが沸き上がったのである。15歳で呉海軍工廠で旋盤作業していたことが夢のようだった。

18歳で栄冠を勝ち取った。あまりにも落差の大きい時を過した。

戦中戦後を生きた少年の記憶 その六 へつづく

 

« 人の一生は一瞬に過ぎ去る | トップページ | 戦中戦後を生きた少年の記憶その六 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

大平組は将来性を楽しめるという講評なんですね。
ずっと、後年までお元気でテニスを楽しまれていたのですから、そいう意味での将来があったということになりますね。
宮城県も男子校、女子高に分かれていたので、そういう匂いの経験があります。
若い時にだけ感じることができるものですね。

watari41さんコメントありがとうございました。

テニスを続けられたのはテニスコートつくりから総て手作りのお陰なのかもしれません。

楽しいときをすごしました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21906/56417566

この記事へのトラックバック一覧です: 戦中戦後を生きた少年の記憶 その五:

« 人の一生は一瞬に過ぎ去る | トップページ | 戦中戦後を生きた少年の記憶その六 »

幼少の記憶

  • Michio_2

少年時代の記憶

  • Photo_2

次世代の人へ

  • Photo_2

風景写真アルバム

  • Tirusakura
    散歩中の風景写真

こんにちわ

  • Bn_pink3_b

最近のトラックバック

無料ブログはココログ