2015/12/16

日本の歴史を若者に伝える

【先行リリース】
1月9日(土)13:00〜16:00
仙台震災復興記念館4階 
タイトル(仮)
【限定60名】新春ワクワクセミナー...
〜ことだまで未来へつなぐ!大和魂、日本人の誇り!〜

大和魂とは?
「君が代」とは?
大和言葉とは?
ことだま?
日本人としての役目?
なぜ日本人として生まれたのか?

9年間の義務教育を修了している私たちがこれらの質問に答えられないなんて!!なぜなら先生(大人)も知らないのです。大人が語れないことを子どもが知る由もありません。

英語教師として「英語を話せる子どもを育てる」前に「日本の魅力を伝えられる子どもを育てる」のが先だな!!と思い始め、勉強スタート。
調べれば調べるほど、勉強すればするほどに、「日本のすばらしさたるや!!」とワクワクが止まらない日々です。
さらに!!出会ってしまいました、人生の大先輩方に!日本のすばらしさを教えている師に!戦前、戦後を生き抜いて今を生きる大先輩です。今回はそんなすばらしい人生の大先輩お2人(大平達郎さん、工藤眞紀子さん)と一緒にセミナーを開催する運びとなりました☆
大人の課外授業です♪
私も僭越ながらそんな大先輩方と一緒にお話をさせていただきます!!きゃっはー楽しみ!
セミナー終了後には、日本人として生まれたことに誇りを感じ、魂が震え、歓喜で包まれること請け合いです!!!!!

ぜひ、ご予定を空けておいてくださいまし(^^)

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坂本 拓大さんの写真

2014/11/01

人間は天に向いて唾をした

遠い遠い、その昔今からおよそ38億年前。一L201106282200つの生命が母なるこの海に産まれた。一つの生命はその後3000万種以上もの生き物にわかれていったという。花も、虫も、魚も、像もクジラも鳥も、人間もすべてこの一つの生命から始まった。それは、みんな同じ遺伝子暗号を使っていることからもわかります。と村上和雄博士著「世界は1つの生命からはじまった」副題(サムシング・グレ❘からの贈り物)
   の言葉が私の記憶からよみがえった。かよわい動物であった。人間は火を手に入れた。人間はそれを武器として使った。それ以来、飽くなき欲望の果て神の分野である核をも手に入れた。大自然までも制御できると思い始めた。
この時から人間の脳の脳幹に必要な響きが伝導されなくなった。このことは人間が人間としての正常な行動ができないことを意味するのである。
。•人間の脳は脳幹(爬虫類脳:本能・欲望)+大脳辺縁系(犬などの哺乳類脳:好き嫌い・記憶)+大脳新皮質(霊長類脳・知性)のようにどんどん継ぎ足されてできている。と言われているがこの事象から現代の脳は爬虫類脳:本能・欲望が大きく芽生えてきたと、私は思う。事実が証明している。
ジクジクした闘争を始めている。勝った・負けた・とハッキリしない 女・子供を殺害する。親が子を殺し子が親を殺す、また人を殺してみたくなったと衝動的に魚を捌くがごとき行動は爬虫類脳と変わりは無いのである。
 日本が無条件降伏した日に誕生した人は今69歳 日本人は戦争を知らない人は総人口1億2779万9千人、のうち81.5%である。  この平和ボケした人々は人間だけの道具を作り出してきた。自然と共生する物作りではないのである。このことは地球を人間は殺していることに他ならない。人間気象である。北極の氷が溶けてきた。小さい島は海に沈んでしまった!。飽くなき人間は氷の無くなってきた北極海の地下は液化天然ガスの宝庫・なんと掘削を始めた。人間のための火をうるために。
  地球を人間は殺している 気がついているけれどもやめられない。
   禁断症状になってしまった現代人我もその一人。

2014/06/26

20年以上の前の話

私の現役のころの職場の経理業務の機械化はコンピュータメーカが独占する。所謂

オフイスコンピュータが支配していた。社長はバランスシートを見るときには経理担当からオフィスコンピュータを操作してもらってデータを出すしかなった。

会長から私に命が下った。会長・社長はもちろんのこと社員すべてがパソコンネットワークでパソコン使えるよう設備しろ!米国では当たり前だ。就いてこれない者は辞めて戴く。

人事権を私は与えられた。責任はすべて会長が持つ。やれ!!!また ソフトは市販品・

とすること、ネットワークの下請け会社は大手は使うな!厳しい指示だ!

ソフトは市販品を3ヶ月にわたって東京八重洲ブックセンターに通った。そこであきらめかけた時、神からの言葉を聞いた・・私は経理本の棚の前の立っていた。私は【図でみるバランスシート】加藤邦宏著 夕方を過ぎていたがそこから電話でアポイントを秘書に取ったが急な話はお断りと言われたが「一言伝えてくれたのむ」しばらくして秘書からお会すると!私は飛び上がったそして日頃から準備していた九州の大根料理店の女将に急を依頼した。

いよいよですね!と女将は快諾してくれた。加藤邦宏先生は経学営学・アランの研究者・作曲家・多才にかけている 日本の偉人で検索すればでてくる有名人だった。

私は一方ネット構築の協力会社を探した。慶応経済学部卒業した若き経営者と会えた

私は会社を辞めて20年後さる6月21日」Facebookで数日前出会えた。彼の記事を読んだ。

'92年秋、私は赤坂のとある有名な料亭に招かれ、ふぐ懐石の御相伴に預かっていました。ご招待下さったのは、東北の大手企業の常務。
実は、この会社の新しいネットワークシステムの構築を、常務が役員会の反対を押し切り、社員数が10名にも満たない産まれたての私の会社にご依頼いただいた瞬間でした。
その時の彼の言葉は、その後の私の経営者&営業としての生き方を変えて下さいました。


「自分は、金を出して業者にやらせるのだから、接待されて当たり前とは決して思わない。むしろ、仲間として、全力で業務を遂行してもらいたいから、お客様以上に業者の方を接待し、本当の味方になってもらうことこそ重要だと考えている。」
以来、こちらの会社様とは、私が引退した後も、未だに懇意にさせていただいているようです。
そして、今日、その大変お世話になった元常務と、当時直接ご担当いただいた皆様が久しぶりに仙台で飲まれているとのことで、わざわざ私にお電話下さいました。
感激ひとしおです。
お陰様で、今宵のお酒がとても美味しいです。(^-^)

次回につづく

2013/08/15

90歳の姉を訪問

8月3日老妻と連れ立ち上京した。久しぶりにあった姉は私の顔を見るなり「歳とったね~」私も同じ言葉を返そうと思ったが言わなかった。元気で曾孫の男の子二人(3歳と5歳)に囲まれて賑やかに暮していて90歳にしてはとても若いと思ったからだ。

昔の話に花が咲き毎年同じ事の繰り返しての思い出の話しになるがいつも新鮮に聞こえるから不思議である。

森羅万象すべて朽ちて果てるのであるが、朽ちて果てることの幸せを噛みしめた。東日本大震災に身内に犠牲になった者はいなかった。

1758年に生まれた良寛さんは1831年1月6日74歳この世に多くの生きるための教えの言葉を残されて逝った。

地震にも遭遇されてたときの言葉に私は心を打たれた。

中野東禅著 「良寛」の現代訳語に記してあった。

「地震は本当に大変でした。私の草庵は何事もなく無事でした。親類中死者なかったとのこと、めでたく思います。「ぽっくり死ねばいいものを長生きしたばかりにこんな悲しい目にあってさびしいことです」しかし、災難からのがれるには災難の中に腹をすえることで、死ぬときは死ぬことに腹をすえるしかありません。それが災難から逃れる最高の教えなのだと思います」

姉とお互いの人生の皺を確かめ合い辞した。

夕刻は54歳になった息子と神道の大学行っている孫20歳と化学を専攻して大学院を来年4月に卒業する24歳の女の孫と共に隅田川近くの42階にある中華料理店で楽しいひとときを過ごした。神道を専攻した孫の話に感動した。

1,教育勅語は暗記していた。素晴らしい日本の言葉だという。

2,歩くことの姿勢を宮本武蔵に見習っている

化学を専攻した孫はある製薬会社に就職も決まり、今卒業論文執筆中とか

孫達と記念写真を撮った。都会の夜の風景は現代建築の美を照明に照らされて映えスカイツリーも誇らしげに天に向けスマートな姿を見せていた。しかし 私は恐ろしさを感じた。鉄筋とコンクリートもいつかは腐食・崩壊する。すでに高度成長時期に建設されたトンネル・橋脚は崩壊が始まっている。

欲にまみれた現代に反省をうながす。良寛さんの言葉は重い!

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2013/01/25

いいかげん死にたいと思っても

超高齢者は早く死ぬことが経済経済と叫ぶ政府に私は1月1日の記事に書いた

「早く死ぬこと」が安倍政権に寄与することだ」と。

麻生副総理が発言した

「麻生太郎副総理は21日午前の社会保障制度改革国民会議で、高齢者などの終末期医療に関し「いいかげん死にたいと思っても『生きられますから』なんて生かされたんじゃかなわない。しかも政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと」と述べた。

 発言について、麻生氏は午後「公の場で発言したことは適当でない面もあったと考える。当該部分については撤回する」とのコメントを発表。「一般論ではなく、個人的なことを言った。終末医療のあるべき姿について意見したのではない」と記者団に釈明した。

やはり私の記事に間違いはなかった。

もうすぐ2月を迎える。

1月早々に長い期間 闘病していた級友が逝ってしまった。悲しい 生きる者は何時か死ぬ。 名を呼び冥福を祈った。

2012/09/17

敬老の日に思う

大辞林を見た「老」とはを、

年をとること。また,年寄り。 「生(しよう) ・ - ・ 病・死の移り来(きた)ること /徒然155

敬老という言葉は八十路を超えた私には重い言葉に感じる。毎年々リックサックが
重くなる感じだ。

老 ローという音の響きはまこに悪い響きだ。

老人が激増している。健康寿命という言葉が生まれた。医療費を使わぬ老人のことをさし寿命年齢は嫌われる時代になった。

バスに乗降とあわせてバス乗車券を出すのに時間がかかる、老人が多くなった。運転手さんがもたもたして手提げを探す老人の手伝いをする。バスの運行時間が遅れがちになるのは当たり前。

停留所にバス待つ老人がブツクサ言っていた。「時間になっても来ないな!!」と
何回も言う。乗車してもブツクサと、文句を言われる運転手さんも せつ なかろう。

病院も老人で混雑している受診まで2時間はかかるのが普通のようだ。そして西洋薬の副作用が老人の動きをさらに悪くする。

薬袋をいっぱい抱えて出てゆく老人の姿は実に悲しい。{「生(しよう) ・ - ・ 病・死の移り来(きた)ること /徒然155 }そのもの

敬老と言う言葉は現世には必要なのか考え込んでしまう祝日である。

極暑さが明日も続く、天気予報のアナウンスから連日聞かされる

「老人!の方は特に熱中症に、ご注意」要らぬお世話だわい 老人の心境は老人にならなければわからぬ。

そして日が沈んだ 明日の日は見なくて良いと思いながら逝ってしまった親友との若き日の楽しき日々を思い浮かべ、バッハ♪をヘッドホンで聴きながら思う。私の"遺書"〇延命治療拒否〇家族葬〇親族はお断り〇弔花・弔問・香典は頂かぬこと  〇戒名お断り

老木の倒れるときの姿は美しいと思う、葉は灰色に化して幹はひび割れし弱い風が吹いたとき倒れてゆく 水分の含んだ枯れた幹と葉をバクテリアが分解してくれ栄養分の多い肥沃の土となり幼木の栄養源となる。この姿に私は頭をたれ敬うと言う言葉が似合うとおもった。神々しさをもみえる。

人間にはあてはまらないこの敬老・・???

せめて私の老獪の身は焼却後粉末にして樹海に散布することにしたい。

いくらかでも大地に栄養になるのではと思う気持ちである。いつか眠りについた・・・

 

2012/01/01

012年の新日本の幕開け

あけましておめでとうございます。 あまりにも悲しかった011年3・11でした。おめでとうの言葉が心底から出ません。 デジブックの 作者:輝さんの動画をみて涙いたしました。ご覧ください。

 

 2012年初日の出に祈る。

今年は未曾有の地震津波からの復興と世界注目の人口放射能汚染!!に向けて戦う幕開けとなった。いまだに事故収束は見られず全国各地で避難生活を続けている方々とスクラムを組んで前進しよう。原発は地震で損壊することがわかった。原発操作技術も拙劣のことも知った。今年は徹底した節電に努めよう。政府も官庁・電力・プルトニュウムを飲んでも大丈夫という専門家?達のムラの人たちの、たわごとであったことも知った。報道も情報公開(報道管制のため?)しなかったこともわかった。そして11万人を超える人たちが故郷を追われた。そして我々は被爆者となった。

 

我々個人個人が絆を結び日本復興に邁進することを012年の初日の出に誓った。古来から立ち上がったのは住民の絆の力であったのだから。

 

日本列島は地震活動期 AM 9時までに発生した地震は3回発生している。最大震度4.0級は新潟県中越・・・範囲・長野県であった。岩盤が動いている。

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スピーデイは何故公表されなかったか?避難住民は人口放射能雲の流れに沿って非難した。この悲劇は繰り返してはならない。報道管制をする日本政府

2011/12/31

2011年12月31日夕日に思う

3月11日14時46分!!!巨大地震・津波に襲われ尊い命が失われた。その上大きな大きな悲劇が惹起した。人災事故!東京電力福島第一原発の原子炉がメルトダウン!世界に類を見ない膨大な量の放射能放出 日本の里山風景は汚染された。11万人以上の住民が避難の悲劇が起こった。「安全神話」が崩壊した。終戦の時を私は思い出す。「神国日本」はアメリカに必ず勝つと信じていた。原子爆弾をおとされ「広島」「長崎」の市民は犠牲となった。

日本帝国主義の崩壊!あれか70年、今度は核を制御できない人々のために原爆より多い膨大な放射能放出!政府はまたもや安全安心を連呼した。その結果、住民が犠牲になった。

何世代にもわたっても放射能汚染が収束しないといわれている。

狭い日本列島は地震の多発国でもある。今日31日この記事を書いている時刻午後6時30分までに7回発生していた。

今日の夕刻の散歩

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 2011年12月31日夕日を眺め尊い命が失われた方々のご冥福を祈った。

放射能の恐怖にさらされ身を賭した作業員の方々に感謝した。

事故調査検証委員会の中間報告を読み愕然とした。やはり核は制御できていなっかった

明日は2012年を迎える。私は齢82となる。周囲に迷惑をかけることなく逝きたい。

帯津良一著「達者でポックリ。」

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帯津式「達者でポックリ」のための十二か条を実践しようとおもう。

「団塊の世代を超える人のブログ」も生きがいの一つであります。

iCludoの技術が格段に進歩し自分の意見を公開できる

スティーブ・ジョブズ さんの言った言葉は身に染みる。

世界を変えないか

世界を支配する独裁者

 それに立ち向かう

 体制に支配する世界を打ち破る

誰もが自由

Power to the peopk (JOHNLENNON)

人々に力を

2011/12/26

今年も去りゆく

Evernote下記クリックしてください。

http://www.evernote.com/shard/s114/sh/9d6e2cce-4521-49b1-95a0-fc4a21c37d11/1b1ac119f636ae5b4f973fbf48802704

世の中は新帝国主義に入ってゆく気配を感じる。核を語ることべからず。非国民と呼ばれることなれば日本沈没も近し。

自然エネルギーの動画が消え NHKのフクシマ原発のインタビュー動画が消え去った。shadow

2011/10/03

秋実る

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私が誕生して81回目の秋である。私は充分に真剣に生きてきた、そして静かに終楽章を迎えたいと思っていた。
あまりにもせつない3月11日午後2時46分、であった。多くの犠牲者が出てしまった。その上恐ろしいことがおこった。
放射性物質が原子炉損壊で日本の清浄な空気を毒してしまった。

なにごともなかったように、庭の「いちい」の実がたわわに稔ってくれた。
今年は豊作である。実をつまんで食べたみた「おいしい」実のほかの部分には毒が含まれているので怖い。
鳥が運んでくれるのを待っているが気候の急変かも知れないが小鳥が少なくなったのが残念である。
片隅に咲く秋草の、すがたも、ものかなしさを覚える。
冬は確実に急速に迫ってきた。
朝食後に夏服をしまい冬着をだして秋風にさらしてから整理した。もう背広などは要らなくなったので、ずいぶんと整理が出来た秋の一日。

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幼少の記憶

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少年時代の記憶

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次世代の人へ

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