2012/07/22

私のデジタルライフ

04年3月 schmidtさんから勧められブログをはじめて6年になった。アクセス数は79,000となる、がブログ評価もしてくれるサイトでの私のブログの評価は低いのである。「たった一度しかない私の人生記録である」ブログ”心”を継続していく思いである。

私は記事は少なくして動画・写真を多くしYouTubeに投稿し、記録している。その方が過ぎ去った過去を振り返るとき記事を読むより効果的である。


投稿した動画を自動的に収集してくれるサイトがあった。下記URLクリック

http://www.ratedesi.com/video/author/qoriautyu100

この記録は私が生存中に削除しなければこの私の死後も、クラウド(雲)にずっ~と残る。

現役の頃より仕事でのプレゼンテーションをPowerPointで作成し仕事をしてきた。その効果は大きかった。現代では当たり前になった。

NHKTVで”TEDカンファレンス”ジャーナリストAdam Ostrowのテーマ「死後のデジタルライフ」を視聴した。素晴らしいプレゼンテーションであった。

最初の言葉にドキリとした。

Adam Ostrow 曰く

「今年中に世界のSNS人口は10億人近くなる そして”皆いつか死ぬ”

今年癌で亡くなったジャーナリスト”デレク・K・ミラーのブログに刺激された。

死んでしまいました最後の投稿です 死んだらこれを載せるよう家族や友人に頼んでおきました。

”ブログから記録集への転換です”

現在毎分48時間分の動画がYouTubeに投稿されています。
Twitterのつぶやきは毎日2億件 親や祖父母の世代だとアルバム・ホームビデオ・日記その程度でしょう でもデジタル記録集は膨大でありクラウド上に残って死後SNSアカウントがどうなるか決めておくサービスまででてきた・・・・

なにか不思議な感じがする、進歩続けるIT時代である。

”TEDカンファレンス”
ジャーナリストAdam Ostrowのテーマ「死後のデジタルライフ」

2012/06/24

受粉に未来を感じた

毎日の散歩コースを今日も行く必ず大崎八幡神宮の鳥居から79の階段を昇降する。梅雨の晴れ間の道端の風景をみるのも楽しみの一つ 過ぎし日の情景と重ねて独歩す。

道端の草花に梅雨の晴れ間を惜しむようにせっせと花の蜜を吸う蜂と花の受粉する姿は神々しいような思いもする。

iPhonで撮影しYouTubeにアップロード

白に赤い帽子をかぶったような花を見つけ撮影した。iPhonの「花しらべ」アプリを起動して調べた確かではないが「チェリーセージ」と似ていた。Photo


今日も60分歩けた。

2012/04/29

桜散る姿に吾が老いた心と共鳴する

012年4月28日土曜日さわやかな紺碧の空が広がった 近所にある東北福祉大学構内の桜を老妻と花見に散歩をかねてゆっくりと歩き楽しんできた。春の温かい風に散る花びらが空中く舞う この風景を吾れの終末期を歩む人生と重ね合わせた。幼年期の魂の友は逝ってしまった。散る桜残る桜も散る桜 万物すべて散る 「この世のものは空であるとみよ」ブッタの教えを反芻する

淡い緑一色染まる若葉の季節がもう近い。

Photo_2

2012/04/16

白い翁草におもう

おきな草は深紅の花色とばかり思っていた。
花屋さんから翁草の鉢植えを注文したら「花の色の希望は?」

え~と聞き返した。

白色の翁草もあると聞いた。早速注文した。一週間ほどたってから入手できた。広縁において観照している。

野生のものとは違い茎は細く花も小さく弱々しい。

毎朝声をかけることにしている。Okinagusa
草木国土悉皆成仏

そうもくこくどしっかいじょうぶつの精神が無くなった現代である。
草木や国土のように心をもたないものでさえ、ことごとく仏性があるから、成仏するというこの言葉は君が代の歌詞にも生きている。 

戦後復興期から人間中心主義になった「日本草木国土悉皆成仏」の精神をわすれ、 西洋文明一色になってしまいついに3.11に自然の恐ろしさをしり人間の作った原子炉がメルトダウンを惹起した。その対策もできていない、関係した人達の責任は重大である。膨大な量の放射性物質が国土を汚染してしまった。

東洋文明に戻らないと人類は崩壊するのではないだろうか。

宮沢賢治 名作童話”おきなぐさ”はまさに”草木国土悉皆成仏”そのものである。

・・・うずのしゅげは光ってまるで踊(おど)るようにふらふらして叫(さけ)びました。
 「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがとうございました」
 そしてちょうど星が砕(くだ)けて散(ち)るときのように、からだがばらばらになって一本ずつの銀毛(ぎんもう)はまっしろに光り、羽虫(はねむし)のように北の方へ飛(と)んで行きました。そしてひばりは鉄砲玉(てっぽうだま)のように空へとびあがって鋭(するど)いみじかい歌をほんのちょっと歌ったのでした。
 私は考えます。なぜひばりはうずのしゅげの銀毛(ぎんもう)の飛(と)んで行った北の方へ飛(と)ばなかったか、まっすぐに空の方へ飛(と)んだか。
 それはたしかに、二つのうずのしゅげのたましいが天の方へ行ったからです。そしてもう追(お)いつけなくなったときひばりはあのみじかい別(わか)れの歌を贈(おく)ったのだろうと思います。そんなら天上へ行った二つの小さなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小さな変光星(へんこうせい)になったと思います。なぜなら変光星(へんこうせい)はあるときは黒くて天文台からも見えず、あるときは蟻(あり)が言(い)ったように赤く光って見えるからです。・・・・・・・

鉢植えの白い”おきなぐさ”が銀毛となり飛び立つまで声をかけていきたいとおもう。私の生きがいのためにも。

2012/04/12

たった一度の人生の記録

06年5月11日~12日 八ヶ岳山麓散策は私のたった一度しかない人生の一齣の 大きな記録であった。宮沢賢治 名作童話「おきなぐさ」を散策中みつけた。 野草の”おきなぐさ”は絶滅危惧品種に指定されている。野草の”おきなぐさ”をみつけたのだから大きな記録である。 

渓谷の野鳥の囀りは人の心を癒してくれるが野鳥には懸命に生きていく囀りである。野鳥の名を教えてもらった。オオルリ・ルリビタキ・ココシキリetc 


私は高度成長時期を23歳~65歳まで働いた。この記録は75歳の時である。
素晴らしい日本の風景であった。今は、死と向き合い生きPhotoている。しかし
神の領域に手を出した原子力ムラの産・政・管・学の人たちは汚染日本を作ってしまった。
福島原発多重人災事故のため011年3月11日~15日にかけて以降世界に類を見ない
大量の放射線を放出してしまった。いまだに放射性物質を放出しづつけている。
八ヶ岳の自然の風景にも放射性物質が襲いかかってきた。
なんと悲惨なことになってしまったのだ!!
東電が安全対策を軽視した結果、多重人災が東日本を汚染してしまったという。
野鳥もいなくなり美しい里山の風景も崩壊するのであろうか。それでも原子力ムラが利権にむらがり始めている。日本人は崩壊するのだろうか。

 

2012/01/23

大寒

大寒に合わせるように22日は市内に積雪7㎝の降雪があった。玄関先に植えてある南天の赤い実が白い帽子Nanten
をかぶり寒そうにしていた。雪を踏みふみ足跡を残して歩いた。雪道は歩きにくい。故郷新潟はさぞ冷たかろうと昔を偲びながらの散歩である。人災原発事故で雪国に避難された方々を思うと胸が締め付けられる思いである。さぞかし雪に戸惑っておられるのではないだろうか、今日23日は3月下旬の気温となった。気温の乱高下は辛い。高台から見る仙台市外は霞がかかっていた太平洋の海坂(水平線)がよく見えた。若林にある焼却場の煙突が見える。3・11巨大津波で浸水したと聞く。散歩道にも盛り土した家が崩壊し更地になっていたPhoto


庭木が根から抜かれ横たわっている。

iPhonの地震速報ソフトは日に5回以上記録(震度1以上)している。茨城方面が多いのが気がかりでる。首都直下型地震が今後4年内70%と報道されている。3・11巨大地震以降日本列島は地震活動期に入ったのであろうか。Photo_2


原発は停止していても核燃料は冷却し続けねばならない。核は現代人にはコントロールできない。経済発展のために電力は必要であるならば核以外のエネルギー開発が急務である。福島の欠陥原子炉は里山まで汚染 高温に晒された炉は減肉してゆくだろう予断はできない。

2012/01/11

訃報が続く年明け

同級生二人の訃報の知らせが届く年明けとなった。

そのうちの一人は海軍予科練(わからない人が多くなった言葉)に行って戦争に参加 多くの人々が日の丸の旗を振って見送ったと言う。ラジオからは軍艦マーチが流れいつも戦果のニュースばかりであった。日本は勝つとおもっていたが広島長崎に原爆投下され日本は降服した。家庭の鉄瓶や金属類を供出しろの命令があった私はおかしい!と思った外で負けるのではと言ったらたちまち憲兵に拿捕されてしむので発言は禁 お寺の鐘までなくなった。

敗戦になり予科練から友は帰ってきた。周辺からは予科練帰りと揶揄された。「人の世のはかなさ」に憤慨していたことに私も怒りを覚えた。

福島原発が爆発 膨大の量の自然界にない放射性物質が放出されたが政府の発表は「問題ない!!安心}をくりかえす報道であったが。大嘘で沢山の住民の方々が被爆された。戦時中と変わらない大本営発表と同じ 悲しい!

歳82になった同級生達は精一杯日本復興に向けて働き生き抜いてきて「死に時」を迎える時がきた。

今日1月11日は雪が降って冷気が襲う 私も死を見据え生きよう。宇宙を仰いで冥福を祈った。

2011/12/18

原発冷温停止の言葉&ドイツ自然エネルギー

野田首相が16日「福島第一原子力発電所の事故そのものは収束に向かった」と述べ、原子炉が冷温停止状態になったと宣言したことに対する

海外メデアの反応は

多くの専門家は政府の発表を疑問視”しており

企業にはよいが国民には意味がないとさまざまな見方を各国ではしていた。

私が解らないことは、、原子炉の冷温停止とは運転中の原子炉を停止することを冷温停止と言うと思っていた。損壊した原子炉の内部の状況がわからないのに、なぜ冷温停止と呼ぶことである。

元東電社員の蓮池佳彦さんは佐賀市内の講演で「冷温停止は、正常な原発に使う言葉。事故を起こした原発に冷温停止と言う概念はない」と断じたとのニュースを読んだ。

過酷な作業環境のなかでの作業員の方々にただゞ感謝ヾ健康をお祈りします。

 

 

自然の廃棄物は再利用可能である。核廃棄物は永久に不可能  廃炉の技術はこれから開発するという。驚きを感じた。また除染をして水に流された核はどこかに「ホットスポット」を生成するのだと思う。核は神の領域 

 

 

ドイツでは自然エネルギーの開発が進んでいる。

2011/09/23

晩秋の朝焼けとお月様

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iPhonに地震発生ソフトをダウンロードして地震があればアラームするよう設定してある毎日どこかで地震が発生している。
巨大地震後には山の噴火があるといわれている。自然災害は防ぐことは出来ない。巨大台風が日本縦断して山津波が各地を襲っている。地球も宇宙も今年は自然災害の起きる周期にめぐり合わせているのかもしれない。

気温は10℃以上乱高下するので体調はそれに同期して乱高下している。せつないSany0021_021_sany0021_3

地震の発生する日の予測をみると地震雲も観測しているようである。
18日の朝5時ころの朝焼けとお月さんを仰ぎ見ることが出来た。お月さんも、太陽も宇宙全体の変化が人間にも影響していることはたしかである。
人の死は、干潮時に訪れるという 潮汐は”大気の潮汐””潮の潮汐”があるのだから人の運命にも関係しているようにも思える。

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9月18日朝5時の朝焼けとお月さんを撮影できた。晩秋の風景である。

また宇宙全体の現象が森羅万象に影響するようである。宇宙天気ニュースHPでは毎日観測データーを発表している巨大な磁気嵐がおこれば地球の電気機器に大きな影響を与えるので恐ろしい自然災害の一つである。


台風が去った翌日冷たい雨の中散歩した。名はしらないが、花の、つぼみに水玉がついて強風と寒さにて耐えて生きていた。
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2011/08/21

朝食に思いつく 遺書は早めに(Evernotとリンク)

下記下線の文章をクリックしてくださいね(EVERNOTにリンクにとびます)
朝の朝食は自分で作ります。退職してから私は朝食を早朝5時過ぎに自前で作ります。5時過ぎには食べたくなりますので、なお妻は年を重ねるごとに朝寝坊が多くなりました。そっと起こさないようにして起床します。隣室から妻のかすかな婦寝息がスースウと聞こえてきます。

写真を掲載のSoftoBankから iPhon・iPad2購入したときの景品である「お父さんグラス」です。愛用のグラス・コップになりました。写真はiPad2で撮影しました。
ITはクラウド(雲)とWiFi無線の時代となりGoogle画面から電話を格安でかけられてしまう時代になりました。
災害時IPhonからのインターネット電話が通じてよかったと言っていた人がいましたが、災害時は使わないようにしなければとは思いますが携帯電話がつうじなくなれば使うしかないと思います。~ITの進歩は驚嘆するばかりです。TVにLANケーブル(WIFiも使えるようになるのかも)を接続すれば万単位のプログラムをみられるとか、
ただし光TVの契約しなければ使いませんが
前置きはこの辺で本番に入ります。slate

朝4時5分起床 目が覚めてしまったのでこのようなときには起床してしまのだ。もう仕事などないから人生の終楽章を語るノートブックをエバーノートに記述することにした。寿命年齢過ぎたからいつ逝ってもよい体になったので気楽に逝こうと思っている。
吉村 昭著:死顔を読み私は深く感銘を受けた。私の心と同期したと感銘する.
と勝手に思い込んでいると言うか、そのように決め込んでいる。
いつパタリと心肺停止になるかわからないので遺言だけは書いておかねばといつも思いながら構想は頭脳の中にしまってあるのだ。それでは妻はわからないだろうでも結婚56年もたてばお互いに解っていると思う俗に結う阿吽の呼吸という言葉が当てはまるかもしれない。定年後は妻に宣言した「上膳下膳」加えて朝食は私が勝手に作る。隣室でスースー聞こえる流れを止めてはいけないと配慮するので足音をしのばせて洗面をしてから「私専用」の小型冷蔵庫と小型「レンジ」が活躍してくれるのである。お湯も徳利の形でとっての付いたコップ一杯分の水で満杯をレンジに要れ一分少しでお湯になる。なつかしいパン焼き器に食パン6枚きりのうち2枚をつまみパンを焼く。無糖のヨーグルト白い大きいカップに入れる。次に納豆・バナナを刻み・モズク・蜂蜜をいれて終わり。
食パンが焼ければちゃんと飛び出してくれるパンのの焼けた香りが充満する。コーヒーカップにレンジから熱くなった程よいお湯徳利を取り出してコーヒーは出来上がる。
栄養満点と自分では思っている。満足ゆっくりと食するiPhonにはTVが移るのでニュースを見る。
美味しいと思う朝の一番の行動である。私の至福の場所であるパソコンデスクで食することもある。東面の小窓から赤い夏の太陽が照らし始める。生きている!と感じる瞬間

より以前の記事一覧

幼少の記憶

  • Michio_2

少年時代の記憶

  • Photo_2

次世代の人へ

  • Photo_2

風景写真アルバム

  • Tirusakura
    散歩中の風景写真

こんにちわ

  • Bn_pink3_b

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