その一言が人を幸福にし不幸にもすると思う
現代はメールでの情報交換が主体であるためか真意がお互い伝わらず不幸な出来事があまりにも多い
初対面の人に会った時、言葉を相手の態度・眼光を見て言葉を聞けばその人がいつか親友になることさえある。またいろいろ教えられることも多いのである。昔から「人は皆 師なり」といったものだ。
よって言葉の力は非常に大きいものであるその言葉を聞いた相手が失望のあまり心に大きな打撃を受け悲劇になる場合もある。しかし言葉による損害を蒙っても法律はない。言葉は凶器にもなりうる。
あたりまえのことを書いてみたのだが現代はメールをあまりにも言葉代りに使われているのではないかと思う。絵文字まで盛んにつかわれるようになった 文字の言わんとすることを絵文字で補い言葉に近づけようとしてるのだと思う 若い人からメールを貰った 絵文字が大半で全く読み取れなかった。
言葉が通じなくなってきた現代である。「お待たせですが」・「おたえらに」・「空茶でごめんなさい」・「うちの宿六」「お蚕ぐるみ」「舌を巻く」等々はもう分らなくなった。
母から言われた言葉に「お天道様に申し訳ない」「罰が当たる」(これはよく言われた)
アスファルトの道路は、懐かしい童謡にも唄われた美しい里山をも消してしまった。
日本の風景とでもゆうべき言葉が消えてしまった。懐かしんでいる人々も寿命年齢に達しているから 言葉・里山・高齢者が消える、昔はすべて消える。
でも 、このことは「徒や疎かにしてはいけない」のではないか!とおもう後期高齢者である。
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